労働者を抱える企業は、その労働者の労働条件や働くルールを定めるために就業規則を作成します。
しかし、労働者の就労条件を自由に定めて労働者を縛ることはできません。例えば、残業しても残業代は払わない、解雇は自由に行えるといった規定はいずれも労働基準法に違反する無効な規定です。
就業規則は、労働条件を明確にする企業内のルールとして重要な役割を果たしますが、労働基準法やその他の法令に違反することはできません。
本稿では、あらゆる職場にとって不可欠な法令と就業規則の関係性について解説いたします。
1. 就業規則よりも労働基準法が優先する(労働基準法92条)
就業規則よりも労働基準法が優先されるため、就業規則の内容が労働基準法を下回る場合には、その下回る部分は無効となります。
労働基準法は国が定める労働に関する最低限のルールであり、すべての労働者に共通して適用されます。
一方、就業規則は企業が定める労働者が守るべき社内ルールです。
ただ、どれだけ手厚い内容を就業規則で定めたとしても、その一部に労働基準法が定める基準を下回る部分があると、その部分は無効となります。つまり、仮に就業規則で法定労働時間を超える長時間労働を労働条件にする条項があった場合でも労働基準法が優先され、その条項は効力を有しません。
2. 就業規則とは何か?
就業規則とは、企業内のルールや働く際の労働条件を明文化したものです。
従業員が10人以上の事業所は、就業規則を作成し、これを労働基準監督署に届け出る義務を負います。
2.1. 就業規則と雇用契約書の違いとは?
就業規則と雇用契約書はしばしば混同されがちですが、異なるものです。
雇用契約書は個々の労働者と会社との間で交わされる合意文書で、労働条件や契約期間などの労働条件を定めたものです。
一方で就業規則は、会社全体の労働者が守るべきルールや条件をまとめたものであり、個々の労働者の労働条件とは別に、労働者全員に共通する規定や一般的な取り決めが含まれています。雇用契約書に規定されていない労働条件は就業規則によって補充されることになります。
2.2. 労働基準法で規定する就業規則の必要的記載事項とは?
労働基準法には就業規則で定めるべき事項が規定されています。これを必要的記載事項といいます。
労働基準法で列記された必要的記載事項は以下のものがあります。
- 労働時間
- 賃金
- 退職に関する事項
絶対的必要記載事項を欠いている場合、30万円以下の罰金が科されるおそれがあります(労基法120条1項)。ただ、その他の要件を満たしている場合には、就業規則それ自体は無効となりません。
3. 就業規則・労働契約と労働基準法の優先関係
会社内のルールである就業規則や労働契約と労働基準法がどのような関係に立つのか、また、就業規則と労働契約の優先関係について解説します。
3.1. 就業規則は労働契約に優先するが労働契約を上回る条件であれば別(労働基準法93条)
就業規則の規定が労働契約で定められた条件よりも有利な場合、労働基準法93条に基づき、就業規則の方が優先されます。そのため、労働契約が就業規則を下回る条件であれば、その下回る部分は無効となります。
逆に、労働契約が就業規則よりも有利な条件を定めている場合には、労働契約の内容が優先します。
労働基準法第93条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。 この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。 |
3.2. 就業規則が労働基準法を下回る場合には法律が優先する(労働基準法92条)
就業規則が、労働基準法で定められた内容を下回る条件を設けた場合には、労働基準法が優先して適用されます(労働基準法92条)。たとえば、労働時間、休日、休暇、安全衛生などの基準について、労働基準法よりも不利な内容は無効とされ、法律で定められた条件が守られることになります。
そのため、企業においては、常に労働基準法に抵触しないかを確認しながら就業規則の作成・変更の手続きを進める必要があります。
労働基準法第92条 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。 |
4. 就業規則が労働基準法や法令に違反するケース
就業規則が労働基準法やほかの法令に反するケースはよくあります。労基法に反する就業規則は、その部分につき無効となります。
就業規則が労基法等の法令に反して無効となる具体例を紹介していきます。
4.1. 退職日に関する規定(民法は2週間前)
会社の就業規則に、「退職を希望する際は、1ヶ月前に通知すること」といった規定が定められていることがあります。
しかし、民法では、雇用契約は2週間前の通知により終了させることができると規定されています。就業規則よりも民法の定めが優先されているため、労働者は1か月ではなく2週間前の退職の通知により退職することができます。
4.2.退職に会社の同意が必要という規定
労働者が退職するには使用者の同意が必要との規定を就業規則に設けていることがあります。
しかし、民法627条では、労働者はいつでも解約の申入れができると定められており、使用者の同意を退職の条件としていません。
そのため、就業規則において、退職の条件として、使用者の同意を定めていても、その規定は無効となり、労働者は会社の同意を得ずに退職することができます。
民法627条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。 この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
4.3. 休憩時間に関する規定
1日の労働時間が一定の時間を超えた場合、労働基準法上、必ず休憩を取る必要があります。具体的には、6時間以上8時間未満の労働では45分、8時間以上の労働では1時間の休憩が必要です。
管理監督者もこの例外ではないのです。管理監督者は、残業代の請求をすることはできませんが、他の労働者と同じように休憩を与える必要があります。
このルールを無視した就業規則は、当然、法令に反します。働く人の体力と心理的な回復のためにも、これらの休憩時間は大切です。
4.4. 有給休暇の規定
有給休暇については、労働者が申請した場合、会社は正当な理由がない限りこれを拒否できません。ところが一部の就業規則では「有給休暇を取る際には会社の承認が必要」としているものが見受けられます。これは労働基準法に違反するものであり、労働者の権利を損なうものになります。
ただし、例外的に、労働者の希望する時期に有給休暇を与えてしまうと、会社の事業運営が正常に行えない場合には、会社は有給休暇の時季を変更するよう求めることができます。
労働基準法39 条 5 項年次有給休暇は、労働者の請求する時季に与えなければなりません。 ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合は、会社 に休暇時季の変更権が認められています。
4.5. 妊娠中の軽易業務と賃金減額の規定
妊娠中の女性に対して、軽易な業務を命じることは、労働基準法により義務付けられています。しかし、軽易な業務に就くことを理由に賃金を減らすことはできません。それにもかかわらず、いくつかの就業規則では、軽易な業務に変更されたことに伴い、賃金減額を規定しているケースがあります。これは男女雇用機会均等法の規定に違反し、不当な性別差別につながるものとされているのです。
労働基準法第65条3項 使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
4.6.定年に関する規定
高年齢雇用安定法では、定年年齢は60歳を下回ることはできないと定められています(高年齢者雇用安定法第8条)。そのため、就業規則で定年を60歳よりも低い年齢で定めていても、法令に違反するため無効となります。
4.7.解雇に関する規定
労働基準法やその他法令では、解雇を禁止する場合を定めています。そのため、解雇禁止に反する就業規則の解雇に関する規定は無効となります。
例えば、労働災害で休業している場合や産前産後で休業している場合でも解雇できるような規定は法令に違反し無効となります。
労働基準法や法令で定められた解雇禁止の規定は以下のとおりです。以下の規定以外にも解雇禁止の規定はあります。
・労働者が業務上の傷病で療養のために休業する期間及びその後30日間産前産後の女性が労基法65条の規定によって休業する期間及びその後30日間の解雇(労基法19条1項) ・国籍,信条,社会的身分を理由とする解雇(労基法3条) ・男女雇用機会均等法による解雇の禁止(均等法6条、9条,11条2項、11条の3・2項) ・育児介護休業法による解雇の禁止(育介法10条、16条、25条2項) ・労働者派遣法による解雇の禁止(派遣法49条の3・2項) ・雇用保険法による解雇の禁止(雇保法73条) |
就業規則を作成・改訂する場合は弁護士に相談を
就業規則を作成する際には、労働基準法やその他の法令に抵触しないようにチェックする必要があります。
モデル就業規則を用いる場合、法令に違反することは考えにくいですが、各企業の特質に沿った内容にはなっていないため、モデル就業規則をそのまま使うことは控えましょう。かといって、法令を気にすることなく作成することも避けなければなりません。労働基準法だけでなく多数の法令を意識する必要があり、幅広い法律の知識を求められます。
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