会社に大きな損失をもたらすかもしれないタイムカードの改ざん。タイムカードの改ざんの手口にはいろいろあります。他の従業員が代理でタイムカードを打刻する代理打刻やカラ残業をして、残業をしたかのように装って打刻するケースなどがあります。また、上司や使用者側が残業代の負担を軽くするために、従業員に対してタイムカードの改ざんを指示することもあります。
不正行為を働く従業員に対して、解雇も含めた懲戒処分を行うなど厳しい態度で臨むべきです。また、不当に支払った残業代の取り戻しも行うべきです。さらに、タイムカードの改ざんを未然に防ぐために、勤怠管理の合理化や社員に対する教育の徹底も重要です。
今回は、改ざんを行った社員の解雇や犯罪としての告発可能性、実際に問題が発生した際の対処法について、具体的な対応を明らかにします。
タイムカードの改ざんで社員を解雇するべき場合もある
タイムカードの改ざんは会社にとって重大な問題です。
このような不正行為は、会社や他の従業員に不利益をもたらすことがあります。具体的に、社員の勤務時間や残業時間が実態と異なる記録がされることで、会社は不正に発生した残業代を支払うことになりますし、タイムカードの不正が長期間にわたると大きな損失につながる可能性があるのです。
また、改ざん行為が社内に広まると、企業の倫理や信頼が揺らぎ、社内のモラル低下にも繋がります。
従って、悪質な改ざんを繰り返す社員に対しては、企業として解雇という最終手段を検討します。ただし、このような処分に至るには、客観的かつ合理的な解雇理由が必要であり、慎重な検討が求められるのは言うまでもありません。
タイムカードの改ざんの方法
タイムカードの改ざんは、勤怠管理を行う企業において、重大な問題となる行為です。改ざんの手口は様々あり、悪意を持った社員がいれば、改ざんの方法を用いて不正を働くことが考えられます。タイムカードの改ざんがどのように行われるか、その具体的な方法を見ていきましょう。
本人以外がタイムカードを打刻する(代理打刻)
勤怠管理において最も基本的なルールの一つが、社員本人が自らタイムカードを打刻することです。
しかし、同僚や他の社員に頼んで代わりに打刻をさせる「代理打刻」は、そのルールを犯す行為であります。例えば、社員がタイムカードを打刻せずに退勤をして、残業している他の社員に、その退勤のタイミングで自分のタイムカードを打刻するよう依頼する場合です。
残業代の水増し(仕事が終わっているのにカラ残業)
残業代の水増しは、実際には労働をしていないのに、タイムカードに残業時間があるかのような打刻を行い、不当に残業代を請求する行為です。
本来であれば、業務の終了後、速やかにタイムカードを打刻して退勤すべきであるところ、残業代の水増請求をするために、必要もなく事業所内に留まり、あたかも残業をしたかのように仮装する行為です。
上司や企業側の指示でタイムカードを改ざんする
上司や会社側の指示によりタイムカードを改ざんすることもあります。
企業側としては、残業代の負担を軽くするために、労働時間を短く改ざんすることが多くあります。例えば、終業時刻にタイムカードを打刻させつつも、引き続き残業をさせるようなパターンです。
タイムカードの改ざんは犯罪になる
タイムカードの改ざんは重大な犯罪行為に当たることがあります。
会社側が受けた損失の程度も踏まえ、状況によっては刑事告訴も検討するべきケースもあります。
詐欺罪
タイムカードの改ざんが詐欺罪として処罰される場合があります。
詐欺罪は、詐欺行為を行い相手方に誤認を生じさせることで、財産上不法の利益を得る犯罪です。
労働者がタイムカードを改ざんして労働時間を不当に報告することで残業代を得たのであれば、詐欺罪が成立する可能性があります。
そのため、労働者は不当に支払われた給料の返還を求められるだけでなく、刑事責任を問われる可能性もあるのです。
電磁的記録不正作出罪
電磁的記録不正作出罪とは、人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った場合に成立する犯罪です。
そのため、タイムカードが紙ベースではなく、クラウドやシステム上で労働時間を管理している場合、そのクラウド等の情報を操作して労働時間を改ざんした場合には、電磁的記録不正作出罪になる可能性もあります。
私文書偽造罪
私文書偽造罪とは、権利義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した場合に成立する犯罪です。
タイムカードが紙ベースで管理されている場合、タイムカードに偽った労働時間を記載することで、私文書偽造罪が成立する可能性があります。
タイムカードの改ざんが行われた時の取るべき対応
企業にとってタイムカードの改ざんは深刻な問題です。不正を行った社員に対して、その責任を問わなければなりません。
改ざんが発覚した際には、適切な対応を迅速に行う必要があります。まず、事実関係を確認し、証拠を確保することが重要です。その後、会社の就業規則に則った懲戒処分の検討や、損害額の大きい悪質な行為であれば、刑事告訴も検討しなければなりません。タイムカード改ざんによって過大に支払われた残業代の返還請求も必要かもしれません。
タイムカード改ざんの証拠を確保する
タイムカードの改ざんが疑われる場合、真っ先に行うべきことが、確かな証拠を確保することです。タイムカード自体や打刻記録、監視カメラの映像、業務日報、パソコンのログ履歴、メールの送受信歴、同僚や目撃者の証言などの証拠を集めます。客観的な証拠が乏しい状況で、会社側の主観的な判断や噂に基づいて、タイムカードの改ざんをしていると決めつけることは避けなければなりません。
証拠の確保を慎重に行い、一方的に決めつけず、客観的な証拠を基にして処理を進めなければなりません。
懲戒処分を検討する
タイムカードの改ざんという不正行為に対しては、企業側が懲戒処分を検討するべきです。
懲戒処分には、戒告・けん責、減給、降格、出勤停止、解雇といった種類があります。タイムカードの不正が残業代の不正受給のために行われている場合、会社側には経済的な損失が発生していることが通常です。また、会社内の秩序を大きく乱すものともいえます。そのため、タイムカードの改ざん行為に対して、厳しい処分を行うことも致し方ないといえるでしょう。処分にあたっては、次の事情も考慮しながら検討していきます。不当な処分を行った場合、逆に企業が訴えられるリスクもありますので、慎重な判断が必要になります。
・会社側の損失額の程度 ・労働者の反省や謝罪の有無 ・改ざん行為の悪質さの程度 ・他の従業員に及ぼす影響の程度 ・労働者に対する処分歴 ・労働者の立場 |
支払った残業代の返還請を求める
タイムカードの改ざんにより、企業が労働者に対して、残業代を過払いしている場合、払いすぎた残業代の返還を求めることができます。この残業代の返還を求める権利を「不当利得返還請求権」といいます。
返還を求める際には、まずは社員に対して返還を求めることを通知し、合意に至るよう話し合いを進めます。しかし、社員が返還に応じない場合には、法的手続きを取らなければならないこともあります。そのためには、返還すべき金額がいくらなのかを正確に算出し、必要な場合には弁護士に相談するなどして、正確な手続きを踏むべきです。
悪質なタイムカードの改ざんであれば懲戒解雇をする
企業にとってタイムカードの改ざんは、労働者と雇用者の信頼関係を大きく損なう不正行為です。それが故意に繰り返される場合や、その改ざん行為から企業に少なくない損害を与えるような場合には、懲戒解雇という最も厳しい処分を下すこともあります。
懲戒解雇が認められる条件(客観的に合理的な解雇理由と社会通念上相当といえること)
懲戒解雇をするためには、厳格な条件を満たすことが必要です。
まず、不正行為が客観的に合理的な解雇理由に当たり、懲戒解雇とすることが社会通念に照らし合わせても相当であると判断される必要があります。タイムカードの改ざんが悪質であるかどうかは、次の事情を考慮して判断します。
・期間・金額・回数 ・企業に与えた損害額の程度、 ・企業や他の社員に与える影響の大きさ ・従業員自身が行った謝罪や反省の有無 |
特に、故意に何度も改ざんを行い、その結果として不正に残業代を得ていた場合、重大な背信行為ととらえられ、懲戒解雇の対象となることが多いです。
さらに、改ざんの事実が発覚した際、適切な調査を行い、従業員に弁明の機会を与えるなどのプロセスも非常に大切になります。
不用意な懲戒解雇をすると、バックペイ等の負担が生じる
解雇として十分な理由がないにもかかわらず、懲戒解雇を下すと、不当解雇となります。
不当解雇となれば、労働契約は解消されず存続していることになります。この場合、労働者は、会社が行った不当解雇により、出勤したくてもできない状況になっているため、会社は、たとえ労働者が仕事をしていなくても解雇から解決するまでの期間の給与を支払う義務を負います。この給与のことを「バックペイ」と呼びます。
また、不当解雇が労働訴訟で争われるケースでは、バックペイとは別に解決金という名目の金銭を支払うこともあります。
このように、解雇が不当解雇となる場合、企業側にはバックペイや解決金等の経済的な負担が生じます。そのため、タイムカードの改ざんが疑われる場合でも、十分な調査を尽くさずに解雇することは控え、客観的な証拠をそろえた上で、解雇に値する不正行為であるかを慎重に検討することが重要です。
タイムカードの改ざんを予防するためには
タイムカードの改ざんを防止することは、健全な職場環境を維持する上で非常に重要です。社内でタイムカードの改ざんが横行してしまうと、企業の信用問題に発展することもあり得ます。そのため、改ざんの予防策をきっちりと行うことが求められています。
就業規則や社内研修でタイムカードの改ざんが不正であることを周知させる
タイムカードの改ざん行為を防ぐには、まず従業員がそれを不正と認識することから始めなければなりません。
まず、就業規則にタイムカードの改ざんが不正行為として明記されていることは大変重要です。その上で、就業規則の内容を従業員に十分に周知させることも大切です。
また、就業規則だけでなく、入社時や定期的な研修を通じて、タイムカードの改ざんが不正行為であることを従業員に理解させることも不可欠です。具体的にどのような行為が改ざんにあたるのか、またその行為にはどのような懲戒が科されるのかを事前にはっきりと示しておくことは、抑止力にも繋がります。
このような取り組みを行いながら、従業員一人ひとりがルールを意識する文化を作っていくことが求められます。
タイムカードの改ざんに対して厳しく対処することを社員に示す
社員に対して、タイムカードの改ざんに厳しく対処するという姿勢を示すことも、予防のための施策となります。
実際に改ざんが発覚した場合には、その事例を周知させ、どのような処分が行われたのかを公表することで、他の社員に警鐘を鳴らします。ただし、プライバシーに配慮し、具体的な名指しは避けるべきですが、会社として一貫した対応を社員全体に理解させることで、不正行為を抑制する効果があります。処分の厳罰化も一つの手段ですが、あまりに厳しすぎると逆に従業員の不満や士気の低下を招く可能性も考慮しなければなりません。
勤怠管理システムを導入して改ざんの余地を無くす
最新の勤怠管理システムは、タイムカードの改ざんを防ぐための有効なツールです。
指紋認証や顔認証を利用した労働時間の管理や、GPS機能を使った勤怠管理など、不正を行いにくい仕組みが多数導入されています。
これらのシステムは、従業員が自身で打刻を行うことを必須とし、代理打刻のような改ざん行為を抑止します。また、システムが自動で勤務時間や残業時間を計算し、記録するため、手作業でのエラーや不正のリスクを減らすことができます。
このようなシステムの導入は初期コストがかかる場合もありますが、長期的に見れば労働基準法違反のリスクを軽減し、人件費の適切な管理にも寄与します。
企業側がタイムカードの改ざんを行った場合のペナルティ
タイムカードの改ざんは、労働者側だけでなく企業側が行うこともあります。企業側がタイムカードの改ざんを行った場合には、以下のようなペナルティが科される可能性があります。
労働基準法違反となる
企業側が従業員のタイムカードの改ざんを行った場合、労働基準法違反となり処罰の対象となる可能性があります。
企業側がタイムカードを改ざんする場合、労働者の残業時間を短くし、残業代の負担を軽くすることを目的に行われることがほとんどです。そのため、タイムカードの改ざんにより、企業は本来負担するべき残業代を支払っていない状況となるため、労働基準法違反となります。残業代不払いの労働基準法違反の場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。
労働契約法の安全配慮義務違反となる
企業が社員のタイムカードを改ざんして、長時間労働を強いている場合には、労働契約法5条の安全配慮義務違反になるおそれがあります。
労働契約法5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定めており、使用者の安全配慮義務が定められています。企業がタイムカードを改ざんするなどして、従業員の労働時間を適切に管理しない場合、この安全配慮義務、特に就労環境を整備する義務を怠っているといえます。そのため、企業側は労働者から、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求されるおそれがあります。
タイムカードの改ざんの問題は弁護士に相談を
タイムカードの改ざんは、会社に大きな損失をもたらす不正行為ですから、企業としては、厳正な対処をすることが必要です。しかし、十分な調査や証拠の確保をすることなく、一部の社員の証言や噂を信じ込んで、特定の社員を解雇や懲戒処分をすることは慎むべきです。かえって、バックペイや解決金等の支払いを求められる可能性があります。
タイムカードの改ざんがあっても、慎重な調査と証拠の計画的な収集を行い、公正な処分をすることが重要です。