年俸制だからといって、残業代が不要だと考えるのは間違いです。
年俸制を採用することで、残業代も含めた年間の賃金が定まると誤解して残業代の支払いは生じないと勘違いしている事業者もいます。
このような理解が正しいとなると、事業者は、年俸制さえ採用すれば容易に残業代の負担から免れることができてしまいます。
しかし、現実はそう容易くはありません。結論として、年俸制であっても、労働者が法定労働時間を超える労働をすれば、使用者は労働者に対して残業代を支払う義務を負います。
それにもかかわらず、年俸制の誤った理解から、残業代の不払いを放置すると、残業代の負担だけでなく、遅延損害金や付加金といった経済的な負担がかかります。それらに加えて、労働審判や労働訴訟といった紛争手続きに巻き込まれます。
本記事では、年俸制の基本知識と残業代の関係について分かりやすく解説し、誤解を解消することを目的とします。
年俸制の基礎知識
年俸制において残業代が発生するのかを解説するにあたり、年俸制の基礎知識を紹介しておきたいと思います。
年俸制とは何か?
年俸制とは、労働者の能力や成果に応じて年単位の基本給を決定する賃金設計をいいます。
年俸制では、通常、1年分の賃金を12分割にした賃金を毎月支給するのが一般的です。
年俸制には、特別な手当を除き、賃金全体を決定する単一年俸制と、一部の賃金を固定させ、一部を業績変動とする業績賞与併用型年俸制があります。
年俸制のメリットとデメリット
年俸制には、メリットもありますが、反面、デメリットも存在しています。
まず、メリットは、年間の人件費を確定できるため、経営計画を立てやすい点です。また、年俸制は、年功序列ではなく、社員の能力や成果に応じて賃金が決められるため、社員のモチベーションが上がる点もメリットの一つです。
他方で、デメリットとしては、成果主義的な賃金設計であるため、成果を挙げられない社員のモチベーションを維持できない点です。さらには、業績の悪化等の事情の変動があっても、年度中の賃金の変更をしにくい点もデメリットといえます。
年俸制と残業代の関係
年俸制といえども、残業代が発生しないわけではありません。
年俸制と残業代の関係について解説します。
年俸制でも残業代は支払う必要がある
年俸制であっても、残業代の支払いは必要です。
労働基準法上、使用者は労働者に時間外労働、深夜労働または休日労働をさせた場合には、割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条)。
労働基準法では、年俸制を導入すれば割増賃金を免れるといった規定は定められていません。
年俸制は、社員の賃金を年単位で決定するという賃金設計の一つにすぎません。年俸制度それ自体に労働基準法で認められている割増賃金を免除させる効果まではありません。
そのため、年俸制であっても、事業主は社員に対して、残業代を支払わなければなりません。
つまり、年俸制だからといって、労働時間の管理を怠ってはいけません。労働時間を適切に管理し、残業があればそれに応じた残業代を支払う必要があります。
高額な年俸でも残業代は生じる
年俸額が高額であっても残業代は生じます。
使用者側が、高額な年俸額に残業代が既に含まれていると主張することもあります。
しかし、年俸額に残業代を含めるためには、基本給と固定残業代が判別できなければなりません。
そのため、いくら高額の年俸を定めたとしても、通常の賃金と割増賃金の当たる部分が明確に判別できない限り、有効な固定残業代の定めがあるとはいえないため、割増賃金を支払う義務が生じます。
残業代の計算方法
残業代は、1時間あたりの賃金額に残業時間と割増率を掛けることで算出します。
残業時間は、法定労働時間を超えた労働時間です。法定労働時間は1日8時間、週40時間です。
また、深夜労働(午後10時から午前5時まで)と休日労働をした場合にも、割増賃金が発生します。
各労働の割増率は以下のとおりとなります。
時間外割増率 25% 深夜労働割増率 25% 休日労働割増率 35% |
年俸制における時給計算
年俸制においても、1時間あたりの賃金(時給額)を算出することが必要です。
まず、年俸額を12か月で割り1ヶ月当たりの賃金額を計算します。そして、月額賃金額を1ヶ月の所定労働時間で割ることで時給額を計算します。
例えば、年俸が600万円の場合、年俸600万円を12か月で割ると、月給は50万円になります。次に、月の所定労働時間が160時間であれば、時給は約3,125円(50万円÷160時間)となります。
残業時間の算出
残業時間を正確に管理することは、適切な残業代の支払いに不可欠です。
例えば、タイムカードや業務報告書を用いた方法で正確に労働時間を記録することが重要です。
労働時間に関する記録がない場合、残業代を計算することができないため、従業員とのトラブルを引き起こしかねません。
労働時間の管理を適切に行い、正確な残業代を支払うことで、法的リスクを回避し従業員の満足度を高めることができます。
年俸制でも残業代を払う必要がない条件
年俸制を導入している企業でも、特定の条件を満たせば残業代を支払う必要がなくなります。
ここでは、いくつかの代表的な条件について詳しく説明します。
管理監督者である場合
年俸制であっても、管理監督者に該当する場合、残業代が発生しません。
労働基準法で規定された管理監督者は、労働時間に関する規制が適用されず、時間外割増賃金と休日割増賃金の支払いが免除されます。ただし、深夜割増賃金については、管理監督者であっても支払義務は発生します。
しかし、労基法における管理監督者と管理職は同じ意味ではありません。たとえ、何らかの役職にある社員であっても、経営方針の決定に参加したり、労働時間に対する裁量を有していなければ、管理監督者には該当しません。つたり、何らの権限もない名ばかり管理職では、管理監督者には当たりません。
裁判例においても、管理監督者であると認めるケースは多くなく、多くの事案では管理監督者性を否定しています。
そのため、管理職であることを理由に安易に残業代の支払いを拒否することは控えるべきです。
固定残業代制
固定残業代を採用している場合には、固定残業代以上の残業代を支払う必要がありません。
固定残業代制とは、あらかじめ特定の残業時間分の定額の残業代を支払う制度です。
例えば、月に30時間の固定残業代を設定し、その時間に該当する固定残業代を毎月の給与と一緒に
支払う場合、使用者は30時間を超える残業をしない限りは、固定残業代の他に残業代を支払う必要はありません。
ただ、基本給などの通常の賃金と明確に区分されていることなどの条件を満たすことが必要です。
また、組み込む残業時間があまりにも長時間である場合には、公序良俗違反として無効になります。
裁量労働制
裁量労働制を採用している場合には、残業代は発生しません。
裁量労働制とは、労使協定により、実労働時間とは関係なく、労使協定で定めた労働時間を労働したものとみなす制度です。
裁量労働制には、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があります。
ただ、いずれの裁量労働制も、対象業務について法令により厳しい規制がされているため、対象業務に該当することが必要となります。
残業代を払わない場合のリスク
年俸制であっても、残業代を法令に従って支払わなければ、企業は様々なリスクを負うことになります。以下に具体的なリスクを見ていきましょう。
労働基準法違反と罰則
残業代の未払いは、労働基準法違反となり、刑事罰の対象となります。
割増賃金の不払いをした者は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰が科されま
す(労働基準法119条)。この場合、会社にも罰金刑が科されます(両罰規定、労働基準法121条1項)。このような問題を避けるためには、残業代の支払いを確実に行うことが不可欠です。労働時間を適切に管理し、残業代の支払いが漏れないようにするのはもちろんのこと、万が一問題が発生した場合にも、速やかに対応し解決を図ることが重要です。
付加金の請求
残業代を支払わなかった場合に、未払残業代と同一額の支払いを裁判所に命じられることがあります。この同一額の支払いを付加金といいます。
例えば、未払いの残業代が100万円の場合、労働者はその金額に加えて付加金として同額の100万円を請求することが可能です。
残業代の負担に加えて、これと同程度の経済的な負担を強いられるため、使用者側の負担はかなり大きくなります。
遅延損害金の負担
残業代が支払われない場合、遅延損害金の負担が発生します。
賃金の支払日から残業代が支払われるまでの間、残業代の遅延損害金が発生します。在職中の遅延損害金は、年利3%となります。退職後については、退職日の翌日から弁済されるまでの間、年利14.6%の遅延損害金が発生します。
遅延損害金の負担を避けるためにも、残業代の未払いを速やかに解消させるべきでしょう。
労働審判と労働訴訟の負担
残業代の未払いを放置していると、労働審判や労働訴訟にまで発展してしまいます。
労働審判とは、労働者と事業主との労働紛争を迅速、適正に解決する裁判所のプロセスです。
労働訴訟とは、労働紛争を訴訟手続で解決させるプロセスです。
いずれのプロセスも裁判所の手続であるため、弁護士費用に加えて、提出する書面や証拠書類の準備をしなければならず、それ相応の負担となります。労働審判や訴訟の尋問手続となれば、裁判所への出頭も必要となります。
たとえ、弁護士を代理人に選任していたとしても、企業側には様々な負担が生じます。
社員のモチベーションの低下
残業代が支払われない場合、社員のモチベーションは大きく低下します。
労働者は自身の努力や長時間働いた結果が正当に評価されていると感じられないと、不満を抱くのが普通です。サービス残業が横行する職場であれば誰もがストレスを抱え、退職や転職を検討することでしょう。職場の雰囲気も悪くなります。
このような悪循環により、新しい人材の採用も難しくなり、業務効率を低下させるでしょう。
残業代の問題は弁護士に相談を
残業代の問題に直面した場合は、専門の弁護士に相談することが重要です。弁護士に相談することで、残業代の正確な計算、企業にとって有利な証拠の収集、裁判手続についての具体的なサポートを受けることができます。
初回相談30分を無料で実施しています。
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