就業規則の変更に必要な手順を弁護士が解説

更新日: 2023.03.08

就業規則の機能、役割

就業規則とは

就業規則とは、労働条件(給与の内容、労働時間、退職金など)や労働者が遵守しなければならない職場内のルールなどをまとめたものです。

雇用契約書で就業規則よりも低い条件が記載されていたとしても就業規則の内容が優先され、雇用契約書に漏れがある労働条件についても、就業規則によって補充されますので、就業規則は使用者にも労働者にも非常に重要な役割を果たすものといえます。

就業規則の作成プロセス

常時10人以上の従業員を使用する使用者は、就業規則を作成する義務を負っています。

従業員の人数が10人に達しない企業であっても、就業規則を作成しないことによる様々なデメリットを考えると、作成するようにしてください。

就業規則を作成するにあたっては、労働組合または過半数の従業員を代表する者の意見を聴取しなければなりません。

その上で、所轄の労働基準監督 署長に届け出なければならないとされています。

就業規則を変更する場合も同様の手続が必要となります。

ただし、労働基準監督署への届出がなかったとしても、就業規則が無効となるわけではありません。

むしろ、就業規則が従業員に周知されているか否かがポイントになります(労基法106条1項)。

なお、就業規則の周知は以下の方法により行います(労基則52条の2)。就業規則はかなりのページにわたることもありますから、書面よりもCD-Rの形式で交付した方が便利な場合もあります。

  • ① 就業規則を常時各作業場の見やすい場所へ掲示し又は備え付けること
  • ② 書面を労働者に交付すること
  • ③ 磁気テープ,磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し,かつ,各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

就業規則がない場合のリスク

先ほど解説しましたように10人以上の労働者を雇用する場合には就業規則を作成する必要があります。他方で、10人を下回る場合には就業規則を作成する法的な義務はありません。

常時の労働者が10人未満で就業規則の作成義務がない事業所でも、作成しておかないと、以下で取り上げるさまざまなリスクが発生します。

事が起こってから、就業規則を作っておけば良かったと後悔される事業者の声をよく耳にします。

以下就業規則がない場合のデメリットを簡単に紹介します。

懲戒できない

就業規則がないと、問題社員を懲戒できません。

  • 遅刻や早退を繰り返す社員
  • 無断欠勤を繰り返す社員
  • パワハラやセクハラ等を行う社員
  • 強制わいせつ等の犯罪行為に及んだ社員
  • 会社の備品やお金を横領する社員
  • 会社の機密情報を漏洩させる社員

このような問題社員に対して、戒告から解雇までの各懲戒処分を行う場合には就業規則において、懲戒の対象となる行為とこれに対応する処分内容を具体的に規定しなければなりません。

懲戒処分ができないとなると、問題社員を放置することになり、会社内の秩序を乱すだけでなく、人材の流出や被害者から損害賠償請求を受けるリスクもあります。

特に、セクハラやパワハラなどのハラスメント行為を放置してしまったことにより、加害従業員だけでなく、その従業員を雇用する会社も使用者責任として加害従業員と連帯して損害賠償責任を負う事態も生じますから、問題社員の適切な対応は非常に重要です。

有給の計画的付与ができない

労働者などの区分に関係なく、会社は一定の要件を満たす労働者に対して、年次有給休暇を与えなければなりません(労働基準法第39条)。

しかし、就業規則がなければ有給休暇の計画付与をすることができません。そうなると、繁忙期に休まれたり、有給取得者が短期間に集中したりして、業務に支障が生じる可能性があります。

また、会社は、年次有給休暇を10日以上有する従業員に年5日の年次有給休暇を取得させなければなりません(有給休暇の取得義務)。

会社がこの取得義務を果たすために、有給休暇の時期指定をすることがあります。しかし、この時季指定をするためには、対象とする労働者の範囲や時季指定の方法等を就業規則に規定する必要があります。

遅刻や早退、欠勤の際の計算方法が明らかにならない

遅刻や早退、欠勤に際して、従業員は遅刻や早退した時間分の仕事をしていない以上、その分給与を控除する必要があります(欠勤控除)。しかし、就業規則がなければ、欠勤控除のルールが定まらず、控除の額について根拠を示せなくなってしまう可能性があり、従業員とのトラブルを招きます。

助成金の受給要件を満たさない

助成金の申請において、就業規則の作成や変更が受給要件となっていることもあります。就業規則の作成が助成金の受給要件となっている主要な助成金は以下のものがあります。

  • キャリアアップ助成金
  • 人材開発支援助成金
  • 人材確保等支援助成金
  • 両立支援等助成金
  • 働き方改革推進支援助成金

ただ、就業規則が作成されているだけでは不十分です。

就業規則の内容が各助成金の受給に適合したものとなっていない場合には、助成金の受給が認められないこともあります。

助成金の申請をする際には、就業規則の作成だけでなく、その内容のチェックが必須となります。

就業規則変更のチェック

就業規則の変更を検討するに際して、将来の労務問題を予防するために、特に以下の点をチェックすることが多いです。

総則

• 社員の定義、区分は規定されているか

採用

• 試用期間は設けられているか

• 試用期間を延長、短縮できる旨の記載はあるか

• 試用期間中または試用期間終了時に、一定の理由に基づき本採用拒否できる旨の記載はあるか

休職

• 休職期間について、勤続年数に応じた差異はあるか

• 休職期間を延長する場合があることや休職事由に関する医師等の証明書の提出を規定しているか

• 休職期間は給与を支払わない旨の規定はあるか

• 休職期間を勤続年数に加算しない旨の記載はあるか

• 休職期間満了による自然退職の記載はあるか

退職

• 定年年齢は65歳以上となっているか

• 退職時の、貸与物品、金品等の返済義務の記載はあるか

• 退職時の給与支払の方法を規定しているか

• 退職時の引き継ぎ義務の履行を規定しているか

服務規律

• 競業避止義務の内容がある程度限定されているか

• セクハラやパワハラ等のハラスメントに関する規定はあるか

労働時間

• 欠勤、遅刻、早退時の対応方法について規定されているか

• 始業時刻、終業時刻の記載はあるか

• 休憩時間の記載はあるか

• 就業規則に時間外休日労働をさせる旨の規定があるか。

• 時間外等労働をする場合の手続きを規定しているか

• 労使協定(36協定)の締結の有無

休暇

• 年次有給休暇の取得手続が規定されているか

• 年次有給休暇に関する時季指定の記載はあるか

• 有給休暇の計画的付与の記載はあるか

• 産前産後休業、生理休暇、育児休業ついて、給与の支給の有無に関する旨の規定はあるか

• 育児・介護休業に関する規定はあるか

懲戒

• 懲戒処分の内容(譴責、減給、出勤停止、降級、諭旨退職、懲戒解雇など)が漏らすことなく規定されているか

• 懲戒事由が具体的に規定されているか

• 懲戒事由に包括的条項の定めはあるか

• 解雇について、対象となる具体的な事由を列記している

• 解雇事由に関する包括条項はあるか

賃金

• 時間外割増賃金に関する記載はあるか

• 固定残業代の具体的な内容が規定されているか

• 固定残業代の超過分を支払う旨の規定はあるか

退職金

• 懲戒解雇時には、退職金の全部または一部を不支給とする記載はあるか

就業規則の変更手続

就業規則の変更をせずに放置してしまうと、その間に起きた問題行為に適切な対応ができなかったり、法令の改正に対応せずに違法な規定が残ったままとなることもあります。

  • 就業規則を過去に作成してからそのまま放置している場合
  • 労働法令の改正があった場合
  • 経営状況が悪化している場合

には、特に就業規則の見直しが必要となることが多いです。

そのため、就業規則の定期的なチェックを行い、これを通じて変更の必要が見つかれば、就業規則を所定の手続に沿って変更しなければなりません。

就業規則の変更手続は、就業規則の作成手続と同様です。

①変更する条項案の策定する

就業規則のチェックを行い、法令に抵触したり、不十分な内容の規定があれば、これを適切な内容に変更するため変更案を作成します。

特に助成金の申請をする際には、その助成金の受給要件に適合した就業規則が必要となります。そのため、就業規則の内容がこの受給要件を満たさないものであれば、申請時までに必ず就業規則の変更を要します。

会社組織であれば、取締役会の決議を経る必要があります。

②就業規則変更届等の作成

就業規則変更届の様式は任意となっています。厚生労働省のウェブサイトで公開されている様式を使用されても構いませんし、自社でご準備しても構いません。

変更届に就業規則の新旧を対照する一覧表を盛り込むことがありますが、かなり大部になることも多いため、変更届とは別途で新旧対照表を添付することが多いです。

③意見書の取り付け

就業規則の作成時と同様、労働組合あるいは過半数の労働者を代表する者の意見書を取り付けなければなりません。

注意点として、この代表者は、工場長や部長などの管理監督者はなれませんし、会社代表者の意向に沿って選出された者でないことが必要となります。

また、代表者の選出方法は、投票や挙手の他に、労働者の話し合いや持ち回り決議などでも行えますが、派遣労働者なども含めた全労働者が手続に参加できるようにしなければなりません。会社は、労働者が過半数代表者であることなどを理由として、労働条件について不利益な取り扱いをしてはいけません。

ただ、就業規則の変更が労働者の労働条件を不利益に変更するような場合、たとえ過半数代表者による同意を得ていたとしても、各労働者から個別の合意を得なければなりません(ただし、後述の不利益変更の要件を満たす場合はこの限りではありません。)。

④社内へ周知

就業規則の変更後、これを従業員に周知させてください。

周知方法としては、書面やそのデータを交付したり、保管場所を通知する方法もあります。毎月の給与明細に、就業規則の保管場所を付記しておき、いつでも閲覧できる状況にしておく方法もおすすめです。

就業規則の不利益変更

就業規則の不利益変更のよくある例としては以下のようなものがあります。

  • 給与の引き下げ
  • 年功序列型から成果主義への移行
  • 手当の減額や廃止
  • 労働時間の伸長
  • 年間休日の変更や削減
  • 福利厚生の廃止や減額

先程解説しましたように、就業規則を労働者に不利益に変更させる場合、労働者の個別の同意があれば別ですが、その同意がない場合、当然に労働者を契約内容として拘束させることはできません。

ただ、就業規則の変更について合理性が認められる場合には、例外的に労働者の同意がなかったとしても、労働者を拘束することができます。

このことを条文化した労働契約法10条には以下のような規定がされています。

『使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。』

少々長い条文になっていますが、労働者の不利益の程度、変更する必要性の程度、代償措置等、変更に至る交渉経過等を踏まえ、就業規則の変更の合理性を判断することになります。以下、これらのうち重要な要素について解説します。

1 不利益の程度

就業規則変更に伴う不利益それ自体については、広く認められており、不利益性自体が否定されることはほとんどありません。

不利益の程度についても、一部分のみを見るのではなく、全体的・実質的にみることが重要となります。

例えば、退職金の引き下げがなされているものの、その反面で通常の昇給分を超えて給与の額が増額しているような場合、額面ほどの不利益は受けていないと判断することもできます。また、特定の営業日における労働時間が60分延長されているものの、週休2日制の導入により全体の労働時間が短縮されている場合にも、不利益の程度はそれ程大きくないといえる場合もあるでしょう。

2 変更する必要性

変更する必要性の程度は、不利益の程度と相関的な関係にあります。

そのため、不利益の程度が小さいのであれば、変更する必要性はそれ程高度なものが要求されないのに対して、給与や退職金といった労働者にとっての重要な権利に関して不利益を及ぼす就業規則の変更については、これを我慢できるだけの高度の必要性が求められます。

例えば、赤字経営の下で収支改善を行う必要がある場合に、成果主義的な賃金制を導入することに高度の必要性が認められた裁判例、従業員の高齢化に伴い年高給が高額化するとともに労働生産性の低下と従業員の士気低下を招いていた事案で、年功給を出来高に応じて支給する奨励給に変更することに高度の必要性が認められた裁判例があります。

この変更の必要性については、不利益変更の合理性判断において最も重要な判断要素といえ、この変更の必要性を基礎付ける事情を如何に具体的に説明できるかがポイントとなります。会社の経営状況を示す財務諸表に基づく経営指標の分析や会社が属する業界全体の動向などを踏まえながら、必要性があることを説得的に主張立証することを要します。

第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日付判決・一部抜粋)

【事案概要】

変更前、定年を55歳とし、定年以降も従前の給与水準で在籍できていたところ、労働組合の同意を得て、就業規則を変更し、定年を60歳にまで引き上げる一方、55歳以降の賃金は,54歳時の賃金よりも引き下げた。

【判示】

定年延長問題は、企業側においても、不可避的な課題として早急に解決することが求められていたということができ、定年延長の高度の必要性があったことは、十分にこれを肯定することができる。

一方、定年延長は、年功賃金による人件費の負担増加を伴うのみならず、中高年齢労働者の役職不足を深刻化し、企業活力を低下させる要因ともなることは明らかである。そうすると、定年延長に伴う人件費の増大、人事の停滞等を抑えることは経営上必要なことといわざるを得ず、特に企業側においては、中高年齢層行員の比率が地方銀行の平均よりも高く、今後更に高齢化が進み、役職不足も拡大する見通しである反面、経営効率及び収益力が十分とはいえない状況にあったというのであるから、従前の定年である五五歳以降の賃金水準等を見直し、これを変更する必要性も高度なものであったということができる。

3 代償措置、経過措置について

就業規則の変更により、労働者に生じる不利益の程度を緩和させるような代償措置や経過措置を講じている場合、不利益変更の合理性を基礎づける事情となります。

最後に

就業規則の変更手続については、そもそも変更が必要な箇所かどうかについても専門的な判断を要します。特に、就業規則の変更が不利益変更の場合には、労働者の一部から強い反発が生じる可能性もありますので伸長な対応が必要です。

就業規則を過去に作成してからそのまま放置している場合、労働法令の改正があった場合、経営状況が悪化している場合には、特に就業規則の見直しが必要となります。

就業規則の変更についてお困りの場合には、弁護士にご相談ください。