パワハラ防止法とは
改正労働施策総合推進法30条の2第1項、いわゆるパワハラ防止法では、企業に対してパワーハラスメントの防止のための雇用管理上の措置を義務付けています。
令和4年3月末日までは、中小企業においては、この義務は努力義務にすぎませんでした。しかし、令和4年4月以降、この義務は中小企業においても法的義務に格上げされます。そのため、パワハラに関する防止措置を講じない場合には、厚生労働大臣は、その違反をする企業に対して、助言、指導又は勧告をすることができるようになりました。
その上、この勧告などに従わない場合は、違反する会社を公表することができるようになります。公表に伴い、会社の社会的信用は低下することになり、人材の確保が難しくなったり、取引先との関係が悪化するリスクもあります。
さらに、勧告や公表に至らなかったとしても、パワハラに対して適切な措置を講じない場合には、その被害者からの損害賠償請求を受けるリスクだけでなく、社内環境の悪化による従業員のモチベーションの低下や人材の流出を招きます。そのため、パワハラ防止法の違反に対して罰則がないといえど、適切な措置は講じなければならないことは明らかです。
パワハラを繰り返す社員を解雇できるか?については、こちらのコラムを参照ください。
パワハラを放置するリスク
労働局に寄せられた相談件数な状況をみると、2009年の時点では、解雇に関する相談が1位で、いじめや嫌がらせといったパワハラに関する相談は労働条件の引下げに次ぐ3位に位置しています。しかし、2018年度にはパワハラの相談件数は二倍以上も増加し全体で1位の位置となっています。様々な要因が考えられますが、一つに社会全体の価値観が変わっているにも関わらず、これに気付くことなく、昭和時代の価値観のまま教育指導することが今も行われていることにあります。
かつては社内のパワハラは外部に漏れることはありませんでしたが、今ではTwitterや Instagram、転職会議等の掲示板などのSNSが社会全体に普及しているため、これらSNSを通じて会社のパワハラの情報が、広く、しかも、半永久的にネット上に流通します。これにより、新しい人材の確保が困難となり、また、新規の取引もはじめ取引関係に亀裂が生じるリスクも生じます。
これに加えて、パワハラのケースでは、必ず加害者と被害者がいます。パワハラが執拗に続くことで、うつ病などの精神的な被害が生じることもあり、最悪の場合には死を選ぶことすらあります。被害者には通院に伴う治療費や慰謝料、休業に伴う損害など様々な損害が生じるため、加害者とされる従業員に対して損害賠償請求をすることがあります。加えて、加害従業員を雇用している会社も、加害従業員と連帯して損害賠償を負担する義務を負います。
さらには、パワハラ行為により社内の風紀が乱れ、会社の生産性が低下することもあるでしょう。
このようにパワハラの放置は、会社経営に重大な支障を及ぼすリスクをはらんでいるのです。
以下では、どのような行為がパワハラに該当するのかを解説した上で、パワハラを防止するための適切な対策について解説します。
パワハラとは
パワハラはパワーハラスメントの略語です。
パワハラの内容は、パワハラ防止法で規定されています。
パワハラ防止法の規定を整理すると、職場におけるパワハラの定義は以下のようになります。
①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であること
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
③雇用する労働者の就業環境が害されること、または、身体的若しくは精神的な苦痛を与えること
これらの全ての要素を含む言動が職場におけるパワハラとなり、会社はこのようなパワハラに対して防止措置を講じる義務を負うのです。
それでは、このパワハラを構成する各要素の内容について見ていきましょう。
①優越的な関係
職場において仕事を行うにあたって、パワハラの被害を受ける従業員がこれを行う従業員に対して、拒絶や抵抗することのできないような関係を指します。
例えば、職位上の地位が上位である上司や部下の関係が分かり易いですが、これに限りません。
たとえ部下や同僚であっても、その同僚や部下が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者らの協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるような場合には優越的な関係が認められます。
さらに、同僚や部下が先程述べました知識や経験を持っていなくても、同僚や部下が集団となることで、拒否や抵抗ができなくなる場合にも優越的な関係は認められます。
【職場とは】
ここでいう職場には、普段仕事を行う事務所だけでなく、従業員を職務を行う場所であれば含まれます。また、仕事それ自体を行わない場所、例えば会社の懇親会のような場でも、それが実質的には仕事の延長と言える場合には、職場に該当します。
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
業務上明らかに必要のない言動、たとえ業務上の必要があったとしても、その手段として行き過ぎている言動はパワハラとされます。
業務とは全く関係のない言動であれば必要かつ相当な範囲を超えることの判断はしやすいです。
他方で、労働者に何らかの問題行為があった場合です。従業員が問題行為に及んだ場合、適切な注意指導をしなければなりません。
しかし、これが行き過ぎた指導になると、パワハラに該当する可能性があります。
ただ、問題行為を是正するために行った指導が、必要かつ相当な範囲を超えたといえるかの判断は容易くありません。
問題行為の内容や程度と、言動の目的、言動の態様・頻度・継続性等の相関的な判断によって、行き過ぎた指導であればパワハラになるでしょう。つまり、少しのミスに対して、何度も繰り返して叱責したり、1時間以上も個室内で叱責し続けるような場合には相当な範囲を超えているといえ得るでしょう。
さらに、問題行動があっても、人格を否定する言動は相当な範囲を超えているといえるでしょう。
③雇用する労働者の就業環境が害されること
必要かつ相当な範囲を超えた言動による結果として、労働者が身体的、精神的に苦痛を与えられたことで、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、従業員が就業するにあたり見過ごせない程の支障が生じる場合をいいます。
この要件は、その従業員個人の感じ方ではなく、社会一般の平均的な労働者の感じ方を基準に判断されることになります。
なお、労働者には、正規雇用労働者だけでなくパートタイマーや契約社員といった非正規の労働者や派遣労働者も含みます。
パワハラに該当する行為
パワハラの類型には6種類あるとされています。各類型について解説をしていきます。
① 身体的な攻撃
叩く、殴る、蹴るといった身体に対する暴力
相手に物を投げつける
相手の身体に対して殴る蹴るといった暴行を働く行為だけでなく、身体に当たらなくても、物を投げるなどして威嚇する行為も身体的な攻撃に含まれます。
②精神的な攻撃
相手の人格を否定するような言動
必要以上に長時間にわたって執拗に叱り続ける
他の従業員がいる面前で叱責したりバカにする
相手方と複数の従業員も宛先に入れた上で、相手方を罵倒するメールを送信する
パワハラの中でも、精神的な攻撃の事例は非常に多い傾向です。上司が部下を叱咤激励のつもりで、給料泥棒、お荷物社員、役立たず、小学生以下といった人格を否定する言動はパワハラに該当する可能性があります。
これに対して、遅刻や無断欠勤等の問題行為を繰り返す問題社員に対して、必要な範囲で厳しく指導することはパワハラにはあたりません。
③人間関係から の切り離し
一人だけ別室に隔離させる
強制的に自宅待機とすること
集団で無視をして孤立させる
必要もないにも関わらず、会議室などの別室での執務を命じられたり、同僚や上司が集団となって無視したり、会社主催の懇親会などに意図的に呼ばないといった行為があたります。
他方で、新規採用した従業員の研修のために別室で研修を受けさせる行為は、正当な行為といえるでしょう。
④過大な要求
必要な教育を行なわれないまま、やり方のわからない仕事を命じられる
およそ終わらない時間までに仕事を終えるように要求される
業務とは関係のないプライベートな雑用の処理を命じられる
『仕事は教わるものではない』という昭和時代の名残りから、上司は部下を育成するつもりで仕事を丸投げする、ということも過大な要求となる可能性があります。
他方で、社員を育成するために、現状よりも多少難度の高い業務に就かせることは過大な要求とは言えないでしょう。
⑤ 過小な要求
業務とはおよそ関係のない草むしりや雑用などの仕事を命令する
気に入れない従業員に対して、嫌がらせ目的で仕事を与えない
必要がないにもかかわらず、従業員の能力や経験とかけ離れた、誰でもできるような仕事を指示したり、全く仕事を与えない場合です。
他方で、従業員の能力や心身の状態を踏まえて、業務内容の難度を下げたり、業務量を減少させる行為は許容されるでしょう。
⑥個の侵害
交際相手や不妊治療といったプライベートについて執拗に質問する
従業員の性的指向や性自認等のプライベートない情報を了解を得ることなく他の従業員に暴露する
家族や配偶者について聞き取り、悪口を言う
個の侵害とは、私的なことに関係する不適切な発言をしたり、プライベートな領域に過度に立ち入ることを言います。親心から、『早く結婚しろ。』『彼氏はいるのか?』と執拗に質問することはパワハラに該当する可能性があります。
例えば、遅刻や欠勤が増えている従業員に対して、『どうしたの?家庭内で何か問題があったのか?』とヒアリングすることは個の侵害とまではいえないでしょう。
パワハラの境界線
パワハラの定義と各類型について解説してきましたが、パワハラと指導の境界線は明確とは言い切れません。ケースバイケースの判断とならざるを得ません。
例えば、大きい声で叱りつける行為についても、危険を伴う工事現場などにおいて、軽率なミスや問題行為に及んだような場合には適切な指導として許容される可能性はあります。他方で、このような状況もなく、大きな声で叱りつける必要もないのに、あえて大きな声で叱りつける行為は行き過ぎた言動と評価される可能性があります。
このように、パワハラに該当するかどうかの一律の判断基準はなく、業務の特性、部下の問題行為の内容、上司と部下の人間関係などの事情を考慮して判断せざるを得ません。
パワハラと指導の境界線は明確にできません。境界線を探求するよりも、パワハラに該当しないようにするため、現在の指導方法を少しでもより良い指導方法を目指すことが重要だと考えます。
パワハラ防止措置とは?
中小企業では浸透していない
厚労省の調査によると、パワーハラスメントの予防・解決に向けた取組を実施している企業は全体で52.2%となっていますが、会社の規模が小さくなれば、実施する比率は相対的に小さくなっている傾向です。従業員が1000人以上の企業では、88.4%がパワハラの措置を講じているのに対して、従業員が99人以下の中小企業では、26%に留まっています。
つまり、中小企業では、まだまだパワハラに対する取組みがまだまだ浸透していないことが分かります。
どのような防止措置が必要か?
中小企業も含め従業員を雇用する企業では、以下のパワハラ防止の措置を講じなければなりません。
①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制
③職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』では、①について以下のような内容が記載されています。
周知する内容
・パワハラを行ってはいけはい旨の方針
・パワハラの内容、発生原因、背景
・パワハラを行った者について、厳正に対処するとの方針
・どのような行為に及べばどのような懲戒処分を受けるのか
周知の方法
・就業規則やその他服務規律等を定めた規程を作成し、これらを従業員に交付する
・社内報やパンフレットに先程の方針を明記し、これらを従業人に交付する
・パワハラに関する研修を実施する
研修について
パワハラに対する会社の方針を従業員、特に管理職の従業員に浸透させるための方法として、研修があります。しかし、外部講師を呼んで、その講師に一方的に淡々と小一時間ほど講演をしてもらっても、聞いている従業員には響かないことが多いです。特に、パワハラを行っている従業員は自分がパワハラをしている自覚がないケースが多いため、このような形態での研修では功を奏しない可能性があります。
そこで、参加する従業員が主体性を持てるよう研修方法には工夫をしましょう。例えば、参加する従業員を5人前後でグループ分けをしてもらい、グループ内で討論したり、課題に対する発表を行うといった、ワークショップ形式を採用することがあります。
②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制について
パワハラの相談窓口を設置したうえで、これを労働者に周知します。
相談窓口が設置されたといえるためには、① 相談窓口の担当者を定めます。担当者は、できるかぎり利害関係の少ない人を選任する方がよいでしょう。
その上で、パワハラの相談に関する社内の制度を構築します。具体的には、
- 相談を受けてから具体的な処分を行うまでの流れ、
- ヒアリングに際してのマニュアルの作成、
- 相談窓口の担当者と人事部門とが連携を取れる仕組み作り
をあらかじめ構築し、研修などを通じて、相談窓口が適切に機能するようにします。
アンケートやチェックリストの実施
相談窓口を効果的に機能させるとともに、パワハラを未然に防止したり、その被害が悪化することを防止するための有効な対策として、アンケートやチェックリストの活用です。方針の明確化相談窓口の設置といった対応を取っても、なかなかパワハラ被害は表には出にくいことは否めません。また先程述べたように、パワハラを行う従業員は、無自覚にパワハラ行為に及んでいることが多く、いくら会社がパワハラの方針をアナウンスしても、右から左に受け流してしまうことが多いです。
そこで、匿名による提出も認めて従業員に対するパワハラ被害の実態調査のためのアンケートを実施するとともに、管理職に対してパワハラのチェックリストを配布し、自身の行為がパワハラに該当する可能性があることを自覚してもらいます。アンケート等を通じてパワハラの事実や兆候を把握した場合には、ヒアリングを行い、行為者に対して厳重注意や懲戒処分を実施します。
③職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
概要の確認
パワハラの相談を受けた初期の段階で、事案の概要を把握するように努めます。相談者が被害者なのか、行為者なのか、それ以外の第三者なのかを確実に聞き取り、相談者の属性に応じたヒアリングシートを用いて、事案の概要を把握します。
告知事項の告知
相談者が相談しやすいように、相談の冒頭の段階で、プライバシーを保護すること、パワハラに関する相談をしたことを理由に解雇やその他の不利益な取扱をしやいことを告知することが重要です。これらを告知しましたらヒアリングシートにそのチェックを入れます。また、行為者からの報復を心配するケースも多いですが、会社として報復を防止する措置を講じることも明確に告知しておきましょう。報復防止措置の具体策としては、行為者と相談者の物理的な隔離、行為者の上司による指導、行為者に対して相談者の探索や報復をした場合の処罰の告知が考えられます。
具体的な事実関係の聞き取り
そのうえで、5W1Hを踏まえて具体的な事実関係をヒアリングしていきます。その際には、相談内容を裏付ける客観的な資料があるかを聴き取ります。行為者からのメール、録音、書面などがこれにあたります。
開示事項の同意
さらに、相談に引き続き事実関係の調査を継続する場合、その調査の過程で行為者や関係者に対して調査事項を開示せざるを得ないことがあります。これにより相談者の特定がなされ、行為者によって何らかの報復や嫌がらせがなされるリスクがあります。このような2次被害を防ぐため、あらかじめ相談者との間で、どの範囲で相談内容を提示してよいかを確認した上で、その開示を認める同意書を取っておきましょう。
調査担当への引き継ぎ
相談者からのヒアリングが終われば、調査担当に相談内容や客観的資料等の証拠を共有したうえで、調査担当者が行為者や関係者からヒアリングを行い、パワハラがあったか否かの事実認定を行います。行為者による証拠隠滅や相談者への報復が懸念される場合には、行為者に対して自宅待機命令を付すことも必要となります。
懲戒処分
パワハラの事実を認定できる場合には、行為者に対する処分と配置転換を検討します。パワハラの内容や程度、処分歴、これによって受けた被害の程度等を踏まえ、処分内容を決めます。これまで処分歴がなく、被害者の被害の程度もそれほど深刻ではない場合には、戒告や譴責に留めるべきでしょう。
そのうえで、さらなるパワハラ行為を防止しつつ、被害者の従業員の就労環境を整備するため、行為者の配置転換を行います。ただ、配置転換できる部署がない、あるいは、フロアが一つしかないため配置転換しても顔を合わせてしまうような場合、指揮命令系統を変更することで、仕事を行う上での接点を可能な限りなくします。
再発防止対策
行為者に対して処分などをした後も、引き続きパワハラの再発防止に向けた対応が必要となります。
以下の方法が考えられます。
社外研修も含めたパワハラ研修を行為者に定期的に受講させたうえで、レポートの提出を求めます。
定期的に行為者や被害者との面談を行なったり、アンケートを行うようにすることでパワハラを未然に防ぎます。
部下とのコミュニケーション能力や部下に対する指導能力があることを管理職登用の重要な条件とすることも考えられます。
最後に
パワハラに対する適切な防止策は、企業経営上とても必要です。他方で、パワハラに該当することを恐れるあまり適切な指導をしなければ問題行為の放置することになり、従業員のモチベーションを低下させることになります。
平時よりパワハラの研修や注意喚起を行い、パワハラに対する意識改革を進めていくことが重要となります。