団体交渉権とは
団体交渉とは、労働者が団結して労働組合を作り、自ら代表者を選び、使用者と労働者側が対等の立場に立って、雇用の維持や労働条件の改善についての交渉を行い、取り決めをすることを言います。
団体交渉を行う権利は、憲法28条や労働組合法で保障されており、使用者は正当な理由なく団体交渉を拒否することはできません。
憲法
第28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
労働組合法
第7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
労働組合法によって、団体交渉には、刑事上の免責だけでなく、民事上の免責が認められています。
つまり、形式的に建造物侵入罪や強要罪に該当したとしても刑罰が科されません。また、団体交渉を理由に労務を提供しなかったとしても、これを解雇等をすることはできません。
ただし、いかなる行為も免責されるわけではなく、団体交渉のために必要な正当な行為が免責の対象となります。
団体交渉を拒否できるか?
使用者は、労働組合から団体交渉の申入れがあった場合には、それに誠実に応じる義務を負います(誠実交渉義務)。
そのため、企業は、労働組合による団体交渉を正当な理由なく拒否することができません。
正当な理由のない団交拒否には、そもそも団体交渉それ自体をしない場合だけでなく、団体交渉を行うものの、誠実な対応をしない場合も含みます。
ただし、団交に対して誠実に交渉する必要はありますが、労働組合の要求全てを受諾する義務まではありません。
以下正当な理由のない団交拒否について解説します。
組合員名簿の不提出
組合員名簿を開示しないために団体交渉を行わない場合にも団交拒否に該当します。
交渉担当者の組合における役職、身分及び団交事項の当事者が当該組合な組合員であることが明らかにされれば、会社は団交に応じる義務があると考えられています。そのため、組合名簿の提出は団体交渉を進めるにあたって必要な事項とはされていません。
組合員と雇用関係にないこと
従業員を解雇した後、不当解雇の無効確認を求めるために、合同労組等から団交の申入れを受けることがあります。
会社は解雇により当該組合員と雇用関係がないと考えていますので、雇用関係がないことを理由に団交を拒否することがあります。
しかし、『解雇により雇用関係が終了している』のは、あくまでも会社側の論理であって、余程の事情がない限り解雇が有効になることはありません。
解雇が無効であれば、解雇処分以降も雇用関係は続いていることになります。
そのため、解雇無効を理由とした雇用関係の継続や解雇後の賃金の請求といった問題は解雇後も残っています。
また、解雇事案ではなかったとしても、残業代や退職金等の請求といった組合員の労働条件に関する問題は残っているといえます。
そのため、団交申入れの時点で既に雇用関係がないことを理由に団交拒否することはできません。
ただし、雇用関係終了後あるいは解雇処分後、退職金や残業代の消滅時効を徒過するなど、社会通念上合理的な期間が経過している場合には、団交の申入れを拒否することも許容される可能性はあります。
解雇の要件については、こちらのコラムで解説しています。
特定の労働組合ではないこと
会社が特定の労働組合のみを交渉相手とすることを規定した労働協約を作成していることがあります。
これを唯一交渉団体条項と呼びます。
しかし、憲法で保障された労働者の団体交渉権を保障するため、この唯一交渉条項が「他の組合とは団体交渉をしないという意味であれば労組法違反を約することになり、現行法上無効の規定である」(昭25.5.13労発第157号)とされています。
そのため、特定の労働組合以外の労組からの団交申入れであることを理由に団交拒否することは認められません。
不誠実交渉
労働組合の要求を拒否すれば全て不誠実というわけでありません。
しかし、会社側は、団交に対して誠実に対応する義務を負いますから、労働組合からの要求が過大なものであったとしても、これに応じられない理由や論拠を客観的・具体的に団交の場で説明することが必要となります。
また、交渉権限のない従業員を団体交渉を担当させたり、会社の回答に際して、その回答の根拠を提示したり必要な資料を提出しない場合に不誠実な交渉と評価され、団交拒否となります。
カール・ツァイス事件(東京地裁平成元年9月22日)
使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉にあたらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなど努力するべき義務がある。
正当な理由がある団体交渉拒否
全ての団交拒否が不当労働行為となるわけではありません。
団体交渉の拒否に正当な理由があれば不当労働行為と評価されません。
正当な理由といえる事情としては、以下のようなものがあります。
暴力的な行為
団体交渉には民事上の免責や刑事上の免責が認められていますが、団体交渉の目的から逸脱した行為まで許容するものではありません。そのため、殴る蹴るなどの暴力行為、脅迫や監禁、威圧的な言動がある場合、団体交渉の中止を申し入れたとしても、これには正当な理由があると考えます。
長期間の交渉
長期にわたって何度も交渉が繰り返されてきたにも関わらず、労使間の意見の対立が激しく、労働者側に一切の妥協がなく交渉がまとまらないために、もはや交渉の余地がないとして団体交渉を拒否したとしても正当な理由がないとはいえないとされる可能性があります。
ただ、単に労使間の意見の対立が激しいことをもって、使用者側で交渉の余地はないと一方的に判断し団交を打ち切ってしまうと、不当労働行為となる可能性がありますので、注意が必要です。
弁護士等の専門家の参加を拒否した場合
団体交渉に際して、使用者側は法律専門家である弁護士を参加させることができます。労働組合も、合理的な理由なく弁護士の参加を拒否することはできません。
それにもかかわらず、労働組合が使用者側に対して、弁護士の参加を拒否する場合には、団体交渉の申し入れを拒否しても不当労働行為には該当しないものと考えます。
団体交渉の方法
団体交渉の申入書の確認
労働組合から団体交渉の申入書の提出を受けることで、団体交渉が開始されます。団体交渉申入書だけでなく、労働組合加入通知や結成通知が同封されていることも多いです。
団体交渉はハードな交渉となることが多いため、多くの企業は団体交渉を好き好んで行うことはありません。
ただ、企業が、団体交渉に対して強い拒否反応を示して団交拒否あるいは不誠実交渉をすると、労働組合側も強硬な姿勢を固持させます。
そのため、申入書を受領して早い段階で団体交渉の場所や日程の調整を行い、団交の主導権を握れるように努めます。
また、申入書等を受領したら、申入書等の書面の内容を確認します。
従業員の誰が組合に加入したのか、争点はどの部分かを確認します。
加えて、当該労働組合が支部や分会であれば、上部団体に加盟していることが多いため、上部団体がどのような性格かをチェックしておくことが肝要です。
団交の場所
団体交渉を実施する場所は、使用者側と労働組合側の協議により決められます。
労働組合からは、時間や費用の制約のない社内会議室や労働組合事務所を実施場所として指定されることがあります。
しかし、社内会議室や組合事務所を使用すると交渉を終了するタイミングを逸してしまい、交渉時間が長時間にわたることがあります。
また、組合事務所の場合、無関係の人間まで参加してくる可能性もあり、心理的な威圧を受けることもあります。
そこで、社内会議室や組合事務所ではなく、貸し会議室を使用するようにします。この貸し会議室の使用料金は、利用時間や利用場所に関するイニシアティブを持つためにも、会社が負担するようにします。
団交の時間
団体交渉の時間を30分や1時間に設定すると、労働者側から『短すぎて不誠実である』と反発を受けることがあり、不誠実交渉として不当労働行為になる可能性もあります。
他方で、3時間を超える時間で設定すると、長時間にわたる交渉とこれに伴う緊張により極度の疲労困ぱいの状態となり、本意ではない意思決定をしてしまうリスクがあります。
そこで、交渉時間は2時間前後とすることが妥当でしょう。
また、交渉を行う時間帯は、就業時間を避けるべきです。仮に就業時間中に団体交渉を行ってしまうと、交渉時間中の賃金を支払うか否かの問題が生じますし、労使共に、仕事を中断しなくてはならなくなり本業に大きな支障を生じさせかねません。
参加する関係者
社長の出席
労働組合から社長の出席を求められることがあります。
しかし、社長本人の出席をさせる義務はありません。社長本人を出席させると、かえって交渉を難航させるおそれもあります。
そこで、社長の出席を求められたとしても、状況を見て社長の出欠を検討し、社長の出席を見送る場合には交渉事項について決済権限のある担当者を出席されば足ります。
ハラスメントの当事者
また、パワハラやセクハラの事案において、行為当事者の出席を求められることもあります。
しかし、ハラスメントの行為者は、将来的に会社によって解雇等の懲戒処分を受ける可能性があります。そのため、ハラスメント行為者を会社側な人間として団交に出席させることは控えるべきでしょう。
上部団体の役員
組合の上部団体の役員が出席することがあります。
労働組合側の団交権限を持つ交渉担当者は、労働組合の代表者または労働組合の委任を受けた者とされています。
労働組合の委任を受けることができる者の範囲について、労働組合法では特段の制限は規定されていません。
従って、労働組合が上部団体の役員も、労働組合から委託を受けているのであれば団交に出席することが可能となります。
そのため、上部団体の役員が出席することを拒否することはできません、
安易にサインしない
団交終了時に労働組合側から議事録や覚書等の書面に署名捺印するよう求められることがありますが、安易にサイン等をすることなく、一旦持ち帰り内容を精査するようにしてください。
文書の表題が議事録であったとしても、その内容が労働条件その他の労働者の待遇に関するものであれば、労使間で合意することで労働協約が成立することになります。労働協約が成立すると、当然ながら会社側もこれに拘束されますから、文書の表題ではなく文書の内容を十分に精査した上で署名捺印すべきかを検討して下さい。
団体交渉を拒否した場合
救済申立てについて
会社が団体交渉を正当な理由なく拒否したり、誠実な交渉をしない場合、労働組合法で規定された不当労働行為となります。
会社が不当労働行為を行った場合、労働者や労働組合は、都道府県の労働委員会に対して救済申立てをすることができます。
これを、不当労働行為の救済制度といいます。
ここで、労働委員会とは、労働者の団結を守り、労使関係の適切な調整を図ることを目的に、労働組合法により設置された機関をいいます。労働委員会には、国に設けられた中央労働委員会と各都道府県に設けられた都道府県労働委員会があります。
都道府県労働委員会が審理を経て和解が成立しなければ不当労働行為の有無を認定し、命令書を交付します。労働者の請求内容が認められれば、その全部または一部を救済する救済命令が出されます。
これに不服がある場合には、交付を受けた翌日から15日以内に中央労働委員会に再審査を求めることができます。
中央労働委員会において出された命令にも不服があれば、地方裁判所に対して命令の取消しを求める行政訴訟を提起することになります。
行政訴訟において救済命令が確定したにもかかわらず、使用者がこれに違反すると1年以下の禁錮もしくは100万円以下の罰金またはこれらを両方が科されます。
行政訴訟をせずに救済命令が確定すると、50万円以下の過料が科されます。
都道府県労働委員会の審査手続の流れ
申立後、使用者には、労働委員会を通じて申立書の写しの送付を受けます。使用者側は、10日以内に答弁書と使用者側の主張を裏付ける証拠を提出しなければなりません。
労働委員会は、調査期日において、労働者と使用者から聴き取りを行い、当事者の主張と証拠を踏まえ、争点や審問に必要な証拠の整理等を行います。
必要であれば審問を実施し、証人尋問等を実施します。
調査期日から審問期日にかけて、労働委員会は、双方の主張を踏まえ和解の可能性があれば和解協議を提案します。和解が成立すれば協定締結により解決に至ります。
調査期日や審問期日を経てもなお解決できない場合には、不当労働行為の有無を判断し、当事者に対して命令書を交付します。
最後に
団体交渉では、時に企業経営や経営者に対して非難されたり、ハードな交渉を強いられることも多く、心情的に負担になることも多いです。だからといって、団体交渉から目を逸らすこともできません。適切な対応をすることができれば、労働組合とも適切な関係を築くことも可能となります。
拙速な対応は厳禁です。
労働組合から団体交渉の申入書を受け取った場合には、まずは弁護士に相談しましょう。
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