「経歴詐称をしていた従業員を解雇することはできるのだろうか」
「経歴詐称してきた従業員はどのように解雇すれば良いのだろうか」
と悩んでいませんか。
経歴詐称をしていた従業員を解雇できるか・できないかは、経歴詐称が業務に与える影響により判断が大きく分かれます。
安易に解雇を行えば労働紛争化し、長期間にわたって、裁判や団体交渉、労働局のあっせんなどにより苦しい状態を強いられる可能性があります。
この記事を読めば、経歴詐称により従業員を解雇することができるのはどのようなケースなのかについて理解することができます。
従業員の経歴詐称への対応について悩んでいる方はぜひ、最後まで読んでいって下さい。
経歴詐称とは何か
「経歴詐称」とは、従業員が企業に雇われる際に、学歴や職歴などを偽ることや、犯罪歴を隠すといった行為を指します。
また、提出書類を偽るだけでなく、面接時の回答が事実とかけ離れている場合も経歴詐称に該当します。たとえば、全く経験したことのない業務を経験者のように語ることも含まれます。経歴詐称は、企業が人材を採用する際に、企業側の判断を誤らせる行為であり、許されない行為です。
経歴詐称を理由に懲戒処分できるか
経歴詐称を理由に社員を懲戒処分することは可能です。
ただし、懲戒処分は会社側の裁量のみで行えるものではなく、一定の要件を満たした場合にのみ発令できるからです。
経歴詐称を理由に懲戒処分をする場合、懲戒処分を行うに足る合理的な理由が必要となります。企業の業務に影響を与えないような軽微な経歴詐称では、懲戒処分をする十分な理由にはなりません。
次では、経歴詐称で懲戒処分ができる要件を解説します。
懲戒処分をするための要件
懲戒処分をするための要件として、以下の要件があります。
・就業規則の規定
・合理的な理由
・社会的相当性
・適正な手続きを踏むこと
それぞれについて解説します。
就業規則の規定
懲戒処分を行うためには、就業規則に経歴詐称を行っていたことが発覚した従業員に対して、懲戒処分を行うという旨を規定しておく必要性があります。
なぜなら、就業規則に定めている懲戒事由以外は、懲戒処分を行うことができないためです。
たとえば、就業規則に「重大な経歴詐称が発覚した従業員に関しては、懲戒処分に処する」といった規定が必要となります。
懲戒処分を行うのであれば、仮に従業員数が10名以下の事業所で、労働基準監督署に対して就業規則の届け出の義務がないという場合でも、就業規則を作成していることが大前提です。
就業規則なしには懲戒処分をすることはできないということを覚えておきましょう。
懲戒処分とする合理的な理由が必要
経歴詐称で従業員を懲戒処分するためには、合理的な理由が必要となります。
労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様 その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用した ものとして、当該懲戒は、無効とする。
経営陣の主観で処罰することはできず、具体的な証拠に基づいた処罰であることを要します。
問題社員を処罰したいという感情が先行して、何の証拠もなしに処罰をしようとすると、反対に経営者側が裁判などで説明に困る可能性があります。
録音や映像など、ハッキリと処罰するべき事実が存在したという状態で処罰をすることが望ましいです。
社会的相当性
経歴詐称の事実が懲戒事由にあたるとしても、その処分が社会通念上相当といえることが重要となってきます。
つまり、経歴詐称があったとしても、その程度や業務に与える影響、社員の反省の有無、社員の貢献度などを考慮して、重過ぎる処分を下すことはできません。
仮に懲戒事由に当てはまっても、その程度に見合った処分であることが必要です。
適正な手続きを踏むこと
経歴詐称が懲戒処分とするに足りる理由であったとしても、社員本人の言い分を聞くこともせずに処分を通知することは控えるべきです。
解雇だけでなく、解雇よりも軽微な処分であっても、懲戒処分は社員に対する制裁という意味合いを持ちます。
そのため、社員本人から経歴詐称するに至った経緯や反省の有無、懲戒処分に対する言い分を述べさせる機会を与える必要があります。
仮に就業規則上において賞罰委員会を設ける規定があれば、賞罰委員会を設置するプロセスを踏まなければなりません。
経歴詐称を理由に解雇できるか
経歴詐称の中でも、雇用関係を継続し難いと認められるような重大な経歴詐称があった場合に限り懲戒解雇が認められる可能性があります。
業務との関連性のない経歴詐称であれば、解雇はおろか軽い懲戒処分すら行うことはできません。
以下の事案についても個別に考慮する必要があります。
・学歴
・職歴
・犯罪歴
・病歴
・資格や免許
・懲戒処分歴
これらについて、詳しく解説します。
学歴
学歴に関しては、学歴を判断材料として企業側は人材を採用し、どのような仕事を任せるのかを決めていることも多いため、学歴を高く申告したり、低く申告したりすることは、企業の円滑な運営を妨害する行為となります。
注意するべき点として、大卒者が高卒者と偽って入社することも詐称になるということです。大卒者を高卒の給与で雇うことができれば、企業が損をしていないように感じるかも知れませんが、企業は学歴に応じて事務職や現業職などのへの配属を決定し、適材適所を実現することで生産性を維持しているところもあり、学歴詐称は最も悪質だと判断されやすい経歴詐称です。
◆スーパーバッグ事件(東京地判昭55年2月15日)
職歴
職歴は、入社後の企業への貢献度を測る上で非常に重要な事情といえ、採用するか否かの決定的な動機になります。
職歴を偽り高額な給与を不当に得ている場合には、重大な経歴詐称として解雇処分できる場合があります。
◆グラバス事件(東京地判平16年12月17日)
犯罪歴
犯罪歴については、解雇できる可能性はありますが、学歴詐称や職歴詐称に比べると弱い傾向にあります。
一般的な感覚では犯罪者であったのだから解雇は当然できるだろうという感覚になるかも知れませんが、過去に犯した犯罪が果たして現在の業務に影響を及ぼしているかどうかという部分で判断されると考えましょう。
たとえば、ある従業員に、飲酒運転をして事故を起こし、逮捕された過去があるとします。そして、その従業員が転職してタクシー会社で乗務員をする場合、問題となる可能性が高いです。一方で、酒造メーカーや自動車メーカーに勤務する男性が過去に喧嘩をして暴行事件で前科があったとしても、業務とは明らかに関連性がないため、解雇は無効になる可能性があります。
このように、どの程度、企業の業績に悪影響をもたらすのか、知っていたらこのような人材は絶対に雇わなかったというようなケースでのみ解雇は有効となります。
◆メッセ事件東京地判平22年11月10日
病歴
病歴に関しては、入社後にその病気があるがゆえに、仕事ができないレベルのものであれば経歴詐称で懲戒解雇にできる可能性があります。
反対に病歴を隠して入社していたとしても、仕事に支障が出ていない場合は解雇をすることは難しいです。
注意するべき点として、病歴はデリケートな情報であり、会社が調査しない限りは入社前に知ることは難しいといえます。
精神病などの病気は目に見えません。
入社前に健康診断書の提出を最終面接段階で提出してもらうなどして、健康状態はしっかりとチェックするようにしましょう。
◆福島市職員事件(仙台高判昭55年12月8日)
資格・免許
資格や免許に関する経歴詐称は、その免許や資格がなければ入社後の業務を行えないにも関わらず、資格を取得していると応募者が偽った場合には、懲戒解雇の対象となる可能性があります。
資格や免許がなければ絶対にできない業務をしてもらうために雇用したのにも関わらず、免許や資格がなければ仕事をしてもらうことができない状態になるためです。
また、資格手当などを支給している会社では、本来支払う必要性のない手当を支払ってしまうことにもなり、給与の不正受給ともいえます。
懲戒処分歴
懲戒処分歴のある従業員が、履歴書の賞罰欄に「賞罰なし」と書いて提出してきた場合、罰することは難しい傾向にあります。
なぜなら、履歴書の賞罰欄に書くべきは表彰を受けた場合の「賞」と、刑事事件を起こした犯罪歴を「罰」として書くようになっているためです。
ただし、企業側が面接の段階で本人に対して懲戒処分歴を記載して自己申告書を提出するよう求めた場合には状況は変わります。
企業側が懲戒処分歴の有無を採用の参考事情とするために自己申告書を書いてもらっているにも関わらず嘘をつく行為は、懲戒処分の対象になり得ます。
懲戒処分のプロセス
従業員に懲戒処分をする場合は、明確なプロセスを定めて、それに従って行動することが必要です。懲戒処分は、懲戒処分に当たりするだけの事実関係が本当に存在しており、懲戒処分の重さに妥当性があることが重要です。
以下の順序を必ず守るようにしましょう。
・客観的な資料の収集
・ヒアリング
・弁明の機会
・処分の通告
それぞれについて解説します。
客観的な資料の収集
懲戒処分を行うためには、事実関係を正確に把握することが不可欠です。
なぜなら、誤った事実認定を基礎に懲戒処分を行うと、不当な処分となるからです。
そのため、まずは客観的な資料や関係者からの証言を収集した上で、本人からの聞き取りを行うことが重要です。
ヒアリング
懲戒処分事由に該当する事実が存在したのかどうかを確認するために、社員本人からヒアリングをする機会を設けます。
聞き漏れがないように、あらかじめ収集した客観的な証拠をもとにヒアリング事項を整理します。
先入観を持ったヒアリングをすると、十分な聞き取りができないおそれがあります。ヒアリングに際しては、社員本人の口から事情や経緯を語らせるようにします。
さらに、正直に話さないと解雇する!といった脅迫じみた言動は控え、討論をするようなことも控えます。あくまでも事実確認の場であることを留意しましょう。
弁明の機会
懲戒処分の対象者には、必ず弁明の機会を与えるようにしてください。
なぜなら、懲戒処分対象者に弁明の機会を与えずに懲戒処分をすると、話を聞くことなく一方的に処分をしたという状態になるためです。
この状態は非常にまずいので、絶対に避けるようにして下さい。
必ず本人の話を聞き、事実関係の把握に努めることが重要です。
処分の通告
就業規則に則り、懲戒処分対象者に処分を通告します。
処分の通告の方法として、個人に対して通告するようにしましょう。
悪質性が高い場合は、社内の掲示板やイントラネットに処分内容を掲載することもあり得ますが、就業規則に「悪質な懲戒対象者の処分内容を社内掲示板およびイントラネットに掲載することもある」といった一文を入れておく方が無難です。
経歴詐称を見抜くためには
経歴詐称を見抜くための方法として、以下の方法があります。
・最終面接段階での健康診断書の提出
・雇用保険履歴の確認
・採用面接時に聴き取る
・雇用保険被保険証や年金手帳の確認をする
・源泉徴収票の確認
・資格証明書の提出
・高校や大学の卒業証明書の提出
それぞれについて解説します。
面接段階での健康診断書の提出
入社前に経歴詐称を見抜く方法として、最終面接段階で健康診断書の提出を求める方法があります。
健康診断書の書式をあらかじめ用意して、労務管理をする上で必要な情報を把握できるようにするのも一つの手です。
採用面接時に聞いておくべき事項
採用面接時に経歴を聞いておくこともシンプルですが、経歴詐称を見抜くポイントです。
学歴、職歴、資格の有無等の経歴に加えて、性格も確認しておきましょう。社員の性格を確認することで、精神疾患や社内でのトラブルの要因が潜んでいるかを確認できることもあります。性格については、自己申告書等に記載してもらったり、本人に自身の性格がどのようなものかを語ってもらる方法があります。
雇用保険被保険証等の提出を求める
入社時に、社員から雇用保険被保険証や年金手帳を提出してもらいます。
これら書類には、前職の会社名、前職の退職年月日、前職までの年金の加入歴などが記載されているため、社員の職歴を確認することができます。
履歴書や職歴書と比較対照することで、職歴の詐称を精査することができます。
源泉徴収票の確認
中途採用者の場合、前職での年収を加味して給与を決定することがあります。
もしも過去に申告してきた年収が中途採用者の自己申告とかけ離れていると感じた場合、源泉徴収票を確認するようにしましょう。
また、源泉徴収票には、前職の社名と退職日を確認することができます。そのため、職歴の詐称を精査することもできます。
資格証明書の提出
資格に関する証明書の提出をお願いしましょう。
なぜなら、資格を保有していると履歴書に書かれていたとしても、面接官の確認が甘く、実際には資格取得済ではなく勉強中だったということがあるためです。
このような勘違いを起こさないためにも、必ず合格証書のコピーや、証明書の提出を求めるようにしましょう。
高校や大学の卒業証明書の提出
高校や大学といった最終学歴を証明書する卒業証明書のコピーを提出してもらうようにしましょう。
なぜなら、学歴詐称が発生する原因の大半は、企業側が卒業証明書を確認していないことから起こるものだからです。
応募者を疑うようなことをするのは悪い気がする、ということで自己申告を全て信じてしまうことは避けましょう。
証明書の提出が難しい場合、卒業証書をコンビニなどで応募者にコピーしてもらって提出してもらうようにする方法もあります。
卒業証明書を提出してもらい、最終学歴をきちんと確認するようにしてください。
個人情報保護法の要配慮情報には注意を
個人情報保護法では、企業が要配慮個人情報を取得する場合には、その本人の同意を得ないといけないと定められています。
要配慮個人情報とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により被害を受けた事実等を指します。
そのため、応募者は、要配慮個人情報に関する質問に対して拒否することもできます。
そこで、企業としては、あらかじめ提出を求める履歴書の記載事項に、病歴、犯罪歴も含めておきます。その上で、応募者が病歴と犯罪歴を未記載にして履歴書を提出する場合には、面接時に病歴や犯罪歴の有無を口頭で確認し、それでもなお、応募者が回答を拒否する場合には、企業はこれら事情を総合的に勘案して採否を決定するべきでしょう。
問題社員の対応には弁護士に相談を
今回は、従業員の経歴詐称が発覚した場合、解雇できるのかどうかについて解説しました。
特に注目して欲しいポイントとして、経歴詐称の内容が企業の秩序を乱すような悪質なものではない限り、解雇にすることは難しいという点です。
学歴や職歴に関しては採用に直結することですから、解雇が認められる可能性もあります。
従業員の懲戒処分に関しては、慎重に行うことをおすすめします。