労働者を解雇した場合に、労働者から解雇理由証明書の発行を求められるケースがあります。
解雇理由証明書の発行を求める労働者は、解雇処分に不満を抱き、解雇理由によって解雇の無効を主張したいと考えていることが多いでしょう。それにもかかわらず、十分な検討もなく解雇理由証明書を発行してしまうと、将来の裁判手続で不利な状況に追い込まれてしまうかもしれません。
本記事では、解雇理由証明書の意味や作成の注意点を解説します。
解雇理由証明書とは
解雇理由証明書とは、使用者が社員を解雇予告した場合に、解雇する相手、解雇した日時(解雇予定日)、解雇の理由等を明記して発行する文書をいいます。
労働基準法の定め
労働基準法では、労働者の求めがあれば、解雇理由を記載した証明書を発行することを使用者に義務付けています(労基法22条1項)。
解雇理由証明書は、解雇予告された日から退職する日までに労働者から交付を求められれば、使用者は遅滞なく応じなければなりません(22条2項)。
退職後に交付を求められる場合には、解雇理由証明書ではなく退職証明書を発行します。
解雇理由証明書を交付する場合
解雇理由証明書は、解雇するケースで常に発行しなければならないものではありません。
従業員から解雇理由証明書の発行を求められた時にはじめて使用者はこれに応じて解雇理由証明書を発行しなければなりません。
遅滞なく発行する必要がある
企業は、解雇予告をした労働者から解雇理由証明書の発行依頼を受ければ、遅滞なくこれを発行しなければなりません。
遅滞なくとは『できるだけ速やかに』に解されており、1週間以内には発行するようにしましょう。
解雇理由証明書の発行を求める理由
労働者が解雇理由証明書の発行を求める理由は様々です。
不当解雇の主張をしたい
最も多い理由が、労働者が解雇処分の有効性を争いたいと考えている場合です。
労働者は、解雇理由証明書に記載された解雇理由が、解雇理由として十分ではないと主張して解雇の効力を争います。労働審判や訴訟手続において、解雇理由証明書は労働者から証拠の一つとして提出されることが多いでしょう。
そのため、解雇理由証明書の発行に際して、労働者から不当解雇の主張が行われることを予想した上で慎重に作成することが必要です。
解雇無効の主張ができるか精査したい
解雇処分を受けた労働者が、解雇処分の無効を主張できるかを精査したいために、企業に解雇理由証明書の発行を求めるケースもあります。
解雇理由を知りたい
解雇が口頭で行われていたり、書面が発行されていても、解雇理由が十分に記載されていない場合、解雇理由が判然としません。労働者本人も解雇された理由をよく分かっていないこともあります。
そのため、労働者自身が解雇された理由を知りたいと考えて解雇理由証明書の発行を求めるケースがあります。
解雇理由証明書に記載のない解雇理由の追加
解雇理由証明書に記載されていない解雇理由が、後々判明したとしても、これを解雇理由として追加することは難しいでしょう。
解雇には懲戒解雇と普通解雇があります。
普通解雇の場合、解雇時点で使用者が認識していない事情も、解雇時点で存在しているのであれば、これを考慮することは許されています。
しかし、解雇理由の追加が認められても、これを解雇時に認識していない以上、解雇処分を正当化できるほどの理由にはなりにくいでしょう。
また、懲戒解雇の場合には、解雇時点で認識していない事情は、解雇理由として考慮することはできないと考えられています。
そのため、企業は、解雇理由証明書の発行をする際には、解雇理由の漏れがないように記載するように心がけます。
解雇理由証明書の交付を拒否できるのか
解雇理由証明書の発行は、使用者の義務ですから解雇理由証明書の交付を拒否することはできません。
ただ、発行に応じないとしても、解雇処分それ自体が無効になることはありません。
しかし、労働者側が解雇の無効を主張して労働審判や裁判を行う場合、解雇理由証明書の発行を拒否する会社側の態度は決して会社にとって有利な事情として働きません。
さらに、解雇理由証明書を交付しない場合、労働基準監督署による調査が行われる可能性があります。また、この調査をきっかけとしてその他の労基法違反が浮き彫りになるリスクがあります。
解雇理由証明書の不交付には、「30万円以下の罰金」(労基法120条1項)が科される可能性があるため注意が必要です。
トラブルを回避するための注意点
労働者側が解雇処分に不満を持っている場合、解雇の無効を主張するための第一歩として、労働者が企業に対して、解雇理由証明書の発行を求めることが多いでしょう。
そのため、企業としては、解雇理由証明書の発行をするにあたって、解雇の有効性が争われることを予期しながら、慎重に解雇理由証明書を作成することが求められます。
解雇理由を具体的に記載する
解雇の理由は具体的に記載する必要があります。
能力不足や協調性欠如と記載するだけでは不十分です。
就業規則の条項の内容とこれに該当するに至る事実関係を記載します。
できる限り、客観的な証拠から認められる事実関係を記載するように心がけます。会社側の主観で、能力が不足している、協調性がないと記載するだけでは十分ではないです。
また、時系列に沿って解雇に至るまでの出来事を具体的に多く記載するようにします。
解雇理由は漏れなく記載する
上述のとおり証明書に記載のない解雇理由は、解雇理由として追加することが難しいと考えられます。
そのため、解雇理由は、できる限り網羅的に記載するようにします。
指導歴を記載する
解雇理由として、解雇に至るまでの処分歴や指導歴も漏れなく記載します。
これまで行ってきた処分歴の内容やその理由を記載します。
さらに、会社が社員の改善のために指導教育を行ってきたのであれば、その具体的な内容や日時等を記載します。
求められている事項のみを記載する
労働者が求めている事項以外の事項を記載しないようにします。
労働基準法22条3項では、「証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない」と定められています。
例えば、労働者が解雇の事実のみを記載した証明書の発行を求める場合には、解雇の事実のみを記載し、解雇理由は記載しません。
厚生労働省のひな形
厚生労働省が公開している解雇理由証明書を利用するケースもあります。
参考にして、解雇理由等に応じて活用しましょう。
任意の書式を用いる場合
厚生労働省の雛形では書ききれない場合には、別紙を添付するか、あるいは、厚生労働省の雛形以外の書式を使うこともあります。
1. 従業員の氏名を記入する
2. 解雇予告の年月日を記入する
3. 解雇理由証明書の作成日を記入する
4. 会社名、代表者氏名等を記入した上で捺印する
5. 具体的な解雇の理由を記入する
6. 該当する就業規則の条項も記入する
解雇の有効性が争われる手続
労働者は、解雇理由証明書に記載された解雇理由が解雇理由として合理的ではないと主張して、解雇の効力を争います。
労働審判
裁判所の労働審判を通じて解雇無効を主張する場合があります。労働審判は、3回の審判期日を通じて個別の労働紛争を迅速に解決させる手続きです。
訴訟手続
労働者が、解雇無効の確認訴訟を提起することで、解雇の効力を争う場合があります。
訴訟手続では、慎重な審理を経て解雇の有効性を判断する手続であるため、1年以上の期間を要することが多いでしょう。
あっせん
労働者が労働局や労働委員会によるあっせんの申請をする場合があります。
あっせん手続においても、労働局等の紛争調整委員会が当事者を仲裁して紛争を解決できるよう働きかけます。
あっせん手続は、あくまで双方の話し合いを基調としていますので、労働審判や訴訟手続と比べて解決力が弱い面があります。
労働組合の団体交渉
労働者が、加入している労働組合を通じて団体交渉の申し入れをする場合があります。
不当解雇とされる場合の不利益
不当解雇とされると会社には多くの不利益が生じます。
バックペイ
解雇から解決時までの給与を支払う必要があります。解雇が無効となれば、解雇後も労働契約は解消されずに存続していることになるからです。
解決金
解雇が無効となれば、労働契約は存続していることになり、解雇した労働者が復職できることになります。しかし、復職させずに労働契約を合意解約するために、解決金を支払う場合があります。
残業代の請求
本来残業代は払わないといけません。しかし、残業代が未払いとなっている場合に、解雇処分がきっかけとなり、これまでの未払残業代の請求を受ける場合もあります。
会社の社会的評価の低下
会社が不当解雇の紛争に巻き込まれることで、企業の社会的評価が毀損されるリスクがあります。SNSや転職サイト等を通じて会社の悪評が拡散される可能性があります。会社の評価の低下に伴い、人材の採用が困難となり、在籍する従業員の離職も招き、会社全体の生産性を大きく低下させるおそれがあります。
退職証明書との違い
解雇理由証明者は、解雇予告をしてから退職するまでの間に発行するものです。
他方で、退職証明書は、解雇による退職した後に、解雇を受けた労働者からの求めがあった場合に、発行する書面です。
解雇通知書との違い
解雇通知書は、使用者が労働者を即時解雇する場合に発行する通知書です。使用者は、解雇予告せずに即時解雇するため、30日分以上の平均賃金である解雇予告手当を支払う必要があります。
解雇通知書にも、解雇の種類や解雇理由、根拠となる就業規則の条項が記載されます。
解雇通知書の作成は法律上義務付けられていません。解雇理由証明書は、労働者からの求めがあれば応じる義務があります。
解雇予告通知書との違い
解雇予告通知書とは、使用者が労働者を即時解雇とせずに解雇予告した上で、30日以上経過後に解雇とする通知書です。
解雇予告通知書は、解雇通知書と同様、法律上使用者に作成義務まではありません。解雇理由証明書は、労働者からの要請があれば発行する義務があります。
解雇の問題は弁護士に相談を
解雇を無計画に行うと、思いもよらない不利益を生じさせます。解雇理由証明書の発行を求められる場合、解雇の無効を主張されるケースが非常に多く、慎重に対応するべきです。
十分な検討もなく解雇理由証明書を発行すると、将来の裁判等で不利になります。
まずは、解雇処分に際しては弁護士に相談をしましょう。