問題社員の問題行為の一つとして、交通費の不正受給があります。
労働者が、本来必要のない交通費を虚偽の申告をして受け取っている場合です。
通勤手当の不正受給は、刑法246条の詐欺罪に該当する犯罪ですから、使用者としては、不正を働いた社員を厳正に処分するべきです。
しかし、十分な調査をすることもなく、いきなり懲戒解雇をすると、不当解雇になり、かえって大きな経済的な負担を招きます。
社員が不正を働いた時こそ、慎重にプロセスを進め、事後に不当解雇と言われることのないようにするべきです。
本記事では、交通費の不正受給をした社員の対応を弁護士が解説します。
通勤手当と支給状況
本来、企業の事業所に向かうための交通費は、従業員が負担するべき費用です。
しかし、多くの企業では、福利厚生の一環として、企業が通勤手当として交通費を補助しています。
92.3%の企業が通勤手当を支給しているデータがあります(令和2年就労条件総合調査の概況)
通勤手当の不正受給のパターン
通勤手当の不正受給の形態は、様々あります。
よくある不正受給のパターンは次のとおりです。
不正受給のパターン
1. 虚偽の自宅住所を申告し、その住所から事業所までの通勤手当を受給するパターン
2. 自宅住所自体に間違いはないものの、異なる通勤経路(自転車勤務等)を申告して通勤手当を受給するパターン
3. 当初申告していた自宅住所から事業所に近い住所に転居したのに、転居前の通勤手当を受給しているパターン
不正受給が起きる理由
通勤手当の不正受給が起きる理由は、使用者側が通勤手当の不正受給に対する問題意識がそれ程高くないことにあります。
社員の自己申告を精査することなく受け入れてしまい、通勤手当を支給している点にあります。
しかし、通勤手当の不正受給は、詐欺行為であり、これを放置すると、使用者の経済的な損害を大きくさせます。それに限らず、従業員の法令遵守の意識を緩めてしまい、企業秩序全体を乱してしまうおそれもあります。
不正受給を予防するために
使用者は、通勤費の不正受給を予防するために、定期券の領収書等の提出を求めることが第一です。
また、転居や通勤経路の変更がある場合には、速やかに報告することが必要であること、通勤手当の不正受給は犯罪であり懲戒処分の対象となることを周知徹底することが必要です。
懲戒解雇するための条件
交通費の不正受給は、犯罪行為ですから、不正受給をした労働者に対しては、何らかの懲戒処分が必要です。
しかし、一律に懲戒解雇とすることは控えるべきです。
懲戒解雇とは
懲戒解雇とは、就業規則の懲戒事由に該当する問題行為を理由に、使用者が一方的に雇用契約を終了させる懲戒処分を言います。
懲戒処分には、戒告、けん責、減給、降格、出勤停止等がありますが、その中でも懲戒解雇は最も重大な処分です。
懲戒解雇の条件
懲戒解雇は、使用者が一方的に労働契約を解消して、労働者としての立場を奪う重大な処分です。そのため、懲戒解雇が有効となるためには、次の条件を満たすことが必要となります。
懲戒解雇の条件
- 合理的な理由があること
- 社会通念上相当であること
- 手続を踏んでいること
- 就業規則で懲戒事由と懲戒解雇が規定されていること
①解雇とする合理的な理由があること
懲戒解雇が労働者に対して与える影響が非常に大きいことから、懲戒解雇が有効となるためには、解雇とすることの合理的な理由が客観的に認められることが必要です。主観的な理由で懲戒解雇することは認められません。
②社会通念上相当であること
懲戒解雇とすることが、労働者の行った問題行為に対して重過ぎない処分であること(社会通念上相当であること)が必要です。軽微な非違行為を理由に重大な処分をすることは行き過ぎた処分であるとして無効になります。
③手続を踏んでいること
懲戒解雇は重大な処分ですから、解雇するにあたっては、労働者に対して、解雇処分とすることに告知した上で、言い分を述べる機会を与える必要があります。
④就業規則があること
懲戒解雇を含め懲戒処分は、労働者に対する制裁です。そのため、労働者に対して懲戒処分をするためには、あらかじめ就業規則や雇用契約書に懲戒処分の原因となる懲戒事由と懲戒処分の内容を具体的に規定しておくことが必要です。根拠となる規定がないのに懲戒解雇をした場合には、その懲戒解雇は無効となります。
通勤手当の不正受給で懲戒解雇できる場合
通勤手当の不正受給は詐欺行為にあたる犯罪行為です。
しかし、不正受給によって生じる使用者の損害は、不正受給の期間や通勤手当の金額によってマチマチです。
さらに、事案によって、行為の悪質さや企業に与える影響も変わり、その有無や程度に応じて解雇の有効性が判断されます。
懲戒解雇の有効性を判断する事情
1. 不正受給に対する反省の有無や程度
2. 労働者の立場(管理職か一般社員か)
3. 不正受給の手口が悪質か
4. 不正受給予防のために対策していたか
5. 過去の処分歴
6. 不正受給額の返金の有無
例えば、4年半にわたり約束231万円の通勤手当を不正受給していた裁判例、約3年にわたって約103万円を不正受給していた裁判例では、懲戒解雇を有効としています。
他方で、期間が短期間であったり、金額が僅少である事案であれば、懲戒解雇が無効となるリスクがあります。そのため、退職勧奨をしたり、出勤停止や降格などの処分で対応することが求められるでしょう。
かどや製油事件東京地判平成11.11.30
労働者は、会社の損失において231万3630円を不当利得したことになり、長期間にわたり、過大に通勤手当を請求し、その累積額がこのような多額に及んだものであるから、懲戒解雇を行うに足りる十分な根拠があるものというべきである。
アール企画事件東京地判平15.3.28
住所を遠方の平塚市と偽って、使用者から定期代として合計102万8840円を詐取したところ、このような行為は、刑法に該当する犯罪行為であって、即時解雇されてもやむを得ないと認められるほど重大、悪質な背信行為であるといえるから、本件解雇は,「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」に該当する。
光輪モータース事件東京地裁平成18年2月7日
不正受給によって労働者が取得した通勤手当の差額は、合計34万7780円にすぎないから、企業の現実的な経済的損害は大きいとはいえないし、直ちに上記金員を返還する準備をしている。懲戒解雇に至るまで懲戒処分を受けたことがないことを考慮すれば、懲戒解雇は企業秩序維持のための制裁として重きに過ぎるといわざるを得えず、無効というべきである。
証拠を確保しておく
懲戒解雇は、客観的に解雇とする合理的に理由があることを要します。何らの客観的な証拠もなく懲戒解雇に付すと、事後的に解雇とする理由を証明できなくなるリスクがあります。
そこで、懲戒解雇をするにあたっては客観的な証拠をあらかじめ十分に確保することが非常に重要です。
証拠としては次のものが挙げられます。
①通勤手当の申請書
②定期券の明細
③実際の住所が分かる住民票や賃貸借契約書
④賃金台帳
懲戒解雇が無効となる不利益
不正受給を理由とした懲戒解雇が無効となる場合、使用者には様々な負担が生じます。
1. バックペイの負担
2. 解決金の負担
3. 残業代の請求を受ける
4. 企業の社会的評価の低下
5. 従業員の離職
バックペイの負担
懲戒解雇が無効となれば、雇用契約は解消されずに存続していることになります。
そのため、使用者は、不当解雇をしたことにより、解雇処分時から解決する時までの賃金を支払う義務を負います。この賃金をバックペイと言います。
たとえ、労働者が仕事をしていなかったとしても、使用者は解決時までの給与を支払う必要があります。
解決金の支払い
不当解雇により雇用契約は存続している以上、労働者は復職することができます。
しかし、不当解雇により、労使間の信頼関係はかなり壊れています。一度解雇された労働者が職場に復帰することで、その他の労働者にも様々な影響を及ぼします。
そこで、使用者としては、解決金を支払って労働契約の合意解約を求めることがあります。
解決金は、給与の6か月分から1年分に相当する金額となることが多いです。ただ、解決金の支払いは、労働審判ではなく訴訟手続で求められることが一般的です。
残業代の請求
解雇処分がきっかけとなり、不払いとなっていた残業代の支払いを求められるケースもよくあります。
本来、企業は労働者に対して、残業代を支払わなければならないことは言うまでもありません。サービス残業が常態化している場合、不当解雇の問題を弁護士に相談したことが契機となり、残業代の問題も顕在化してしまうことはよくあります。
残業代の時効は、かつては2年でしたが、法改正により3年に伸びました。いずれは5年まで伸長されます。
数年単位の残業代は、企業にとってかなりの経済的負担です。遅延損害金や付加金も加わると、事業運営を維持できなくなる場合すらあらます。
風評被害
不当解雇により、転職掲示板やSNSを通じて企業の悪評が拡散されるおそれがあります。悪評の拡散により企業の社会的評価が毀損されると、新規取引が敬遠されたり、新規採用が難しくなるリスクもあります。
従業員の離職
新規採用が困難となり人材不足になると、既存の社員の負荷が大きくなります。また、勤務先の社会的評価の低下により、社員の忠誠心も低下しモチベーションも下がります。
これらの事情が重なり、有能な社員の離職を招き、さらなる人材不足を引き起こします。
懲戒解雇が争われる手続
懲戒解雇が不当解雇となる場合、労働者またはその代理人弁護士から、解雇無効の主張が出されます。
労働者による解雇の争い方には、次の方法があります。
• 交渉
• 労働審判
• 訴訟手続
• あっせん手続
交渉
労働者や代理人弁護士と交渉により不当解雇の問題が扱われることがあります。
まずは、労働者や代理人から、解雇無効を主張する通知書が送付されることで交渉が開始されます。
多くのケースでは、復職ではなく退職することを前提として、解決時までのバックペイ等の金銭的な条件が協議されることがほとんどです。
交渉の末、解決条件が整えば合意書を作成します。協議を重ねても合意に至らない場合には、交渉を断念せざるを得ません。
労働審判の申立て
労働審判とは、裁判官と労働審判委員2人で構成される審判委員会が、労使間の個別の紛争を解決させる裁判手続の一つです。
労働審判では、期日の回数が3回に制限されているため、訴訟手続と比較して速やかに解決できるプロセスといえます。3か月から6か月以内で解決することが一般的です。
ただ、迅速に解決を目指すプロセスであるため、慎重な審理を行うことはあまり予定されていません。労働者だけでなく使用者側にもある程度の金銭的な譲歩を求められることな多いでしょう。
3回の期日を経ても話し合いによる解決ができない場合には、裁判所から審判が下されます。審判の言い渡しを受けてから2週間以内に異議申立てをすれば、訴訟手続に移ります。
訴訟手続
訴訟手続では、原告である労働者と被告である使用者の双方が、主張と反論を繰り返して行い、審理を深めていきます。訴訟手続では、慎重な審理が予定されているため、最低でも1年の期間を要します。
審理が尽くされた段階で、裁判所から和解の提案が行われることが一般的です。裁判上の和解が成立すれば紛争が解決されます。和解が成立しないば場合には、証人尋問(当事者尋問)を実施した上で判決手続となります。
あっせん手続
労働局や都道府県の労働委員会によるあっせん手続も労働紛争を解決するプロセスの一つです。
あっせん手続では、あっせん委員が労使間を仲裁して労働紛争の解決を目指すプロセスです。
あっせん手続は、1か月前後で解決を図る迅速なプロセスです。しかし、使用者側はあっせん手続を拒否することもできるため、解決率はそれ程高くありません。そのため、あっせん手続の利用件数は年々減少傾向にあります。
不正受給の問題は弁護士に相談を
不正受給の問題は決して放置するべきではありません。適切に対処しなければ、残業代の不正受給や備品の横領などの問題に発展させかねません。
しかし、十分に精査することなく解雇処分をすることは避けるべきです。
不正受給の問題に適切に対処するため、弁護士に相談しましょう。
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