労災で休業している従業員に対して退職勧奨をする際には慎重な対応が求められます。
労災による休業中の従業員に対して退職勧奨をすることは極力控えるべきです。
労災休業中の社員に対して退職勧奨すること自体は違法とまではいえません。しかし、労災保険は被災労働者の保護を十分にすることを目的としていますので、治療を最後まで終えていない段階で退職を強く求めることは法の趣旨に反する可能性もあります。
そのため、労災休業中の従業員に対する退職奨励の際に考慮すべきリスクを理解し、適切な対応策を講じることが重要です。これにより、企業と従業員の双方が納得できる解決策を見つける手助けをします。
労災と退職勧奨の基本
まず労災の基本的な概念を説明し、次に退職勧奨の意味とその背景について詳述します。適切な対応策を知り、労使間のトラブルを回避しましょう。
労災とは?
労災とは、労働災害の略語であり、労働者が業務中や通勤中に負った傷病を指します。
労働者が安全に働く環境を確保するために、法律により労災制度が設けられています。
労災保険により、労働者は治療費や休業給付を受けることができます。また、後遺障害が残った場合には、障害給付を受けることもできます。
通勤災害と業務災害の違い
通勤災害と業務災害、これらはどちらも労災保険の対象となりますが、適用条件や給付内容に違いがあります。
通勤災害とは、自宅から職場への通勤中に発生した事故をいいます。この場合、交通事故や歩行中の転倒などが含まれます。一方、業務災害は、職場内や業務中に発生する事故や病気が対象となります。これは、作業中の機械に巻き込まれたり、高所作業中に転落するケースなどが該当します。
業務災害の場合、療養期間中や症状固定後30日間の解雇は禁止されますが、通勤災害の場合にはこのような制限がありません。
退職勧奨とは
退職勧奨とは、企業が労働者に対して自主的に退職を促す行為です。
退職勧奨は、企業が経営上の理由や業務再編成などで従業員の数を減らす必要がある場合に行われます。それだけでなく、問題社員を解雇したい場合、解雇無効となるリスクを回避するために解雇前に退職勧奨を行うケースもあります。
退職勧奨に応じるかは労働者の自由
退職勧奨に応じるかどうかは、完全に労働者個人の自由です。
退職勧奨をすることは企業の自由とされていますが、退職勧奨には強制力は一切ありません。そのため、労働者は退職勧奨に応じるか否かを自由に決定することができ、退職勧奨を拒否したことを理由に懲戒処分とすることはできません。
被災労働者に退職勧奨はできるのか?
労災で休業中の被災労働者に対して退職勧奨できるのかが問題となります。
特に、業務災害の療養中や治癒後30日間については、解雇が禁止されているため、その関係で退職勧奨も禁止されているようにも思います。
そこで、被災労働者に対する退職勧奨について解説します。
休業中の労働者の退職勧奨はできる
労災で休業中の労働者に対する退職勧奨は、できるだけ控えるべきです。
法律上、解雇のように療養期間中の退職勧奨を禁止するような規定はありません。そもそも、退職勧奨は、企業が社員に対して退職することを促す行為であり、強制力もありません。そのため、たとえ休業中であっても退職勧奨はできないことはありません。
ただし、労災保険は、被災した労働者に対して保険給付を行い、被災労働者の社会復帰、労働者の安全衛生の確保を図ることを目的としています。それにもかかわらず、企業が、業務災害により療養している被災労働者に対して、漫然と退職を促すことは労災保険の趣旨に反する行為ともいえ、控えるべきでしょう。特に、被災者が精神疾患を抱えている場合には、退職勧奨により症状を悪化させたり、自死を選択することもありますので、退職勧奨は回避するべきです。
他方で、通勤災害の場合、企業には通勤災害の責任は原則ありませんので、退職勧奨をすることもあり得るでしょう。ただ、就業規則において、休職制度を採用している場合には、その休職期間を目安に退職勧奨のタイミングを検討しましょう。
退職強要にならないように気をつける
療養中の被災労働者に対して退職勧奨をするとしても、執拗に退職勧奨をすることは厳禁です。
確かに、退職勧奨は企業の自由ですし、これに応じるか否かは労働者の自由です。
しかし、業務災害により働くことができない被災労働者に対して、退職勧奨をすることは退職するか否かの選択の自由を奪うことになりかねません。執拗に退職勧奨を重ねると、退職強要になってしまい、退職が無効となったり、慰謝料請求を受けるリスクもあります。
労災申請をしたことを理由に退職勧奨はしない
労災申請による各種補償を受けることは労働者の権利です。そのため、被災労働者が労災申請したことを理由に退職勧奨することは控えるべきです。労災申請を理由とした退職勧奨は、労働者の労災申請する権利を奪うことになりかねず、退職強要にもなりかねません。
労災保険の趣旨を踏まえて、労災申請をしたことを理由とした退職勧奨は控えましょう。
被災労働者の解雇はできるか?
労災中の従業員に対する解雇については、法律で制限されています。
まずは原則として被災労働者の解雇が禁止されている理由から順に見ていきましょう。それから、どのような例外が設けられているのかについて説明します。
療養期間+30日間は解雇禁止
業務災害に遭った従業員は、療養期間中及び治癒後30日間は解雇することが禁止されています。
労働基準法19条1項本文は、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間…は、解雇してはならない」と定めており、労災による療養が従業員の身体的・精神的な健康に重大な影響を与えるため、この期間中の解雇が厳しく制限されています。
打切補償をした場合
打切補償が行われた場合、療養期間中でも労働者を解雇することが例外的に認められることがあります。
労基法では19条ただし書きで「打切補償を支払った場合にはこの限りではない」と書かれています。労災事故から3年を経過しても症状固定しない場合、平均賃金の1200日分を支払うことで企業の補償を終了させることができ、これを打切補償と言います。
この打切補償を行えば、たとえ療養期間中であったとしても解雇することが認められています。
事業継続が不可能となった場合
やむを得ない事由で事業の継続が不可能な場合は労災休業中の社員を解雇処分とすることが許されます。
ただし、この場合には、労働基準監督署長の認定(除外認定)を受けなければなりません。
通勤災害の場合は解雇規制の対象外
通勤災害に該当する場合、解雇規制の対象外となります。これは通勤災害が業務災害とは異なり、企業側に災害発生の責任がないからです。
したがって、通勤災害に該当する場合、業務災害の解雇制限は適用されないため、休業中でも解雇することができます。ただし、その場合でも、解雇の要件を満たす必要はありますので、解雇処分とする場合には慎重な対応が求められます。
定年退職をした場合
労災中であっても、定年退職により雇用契約は終了します。雇用契約や就業規則で定年が定められている場合、定年を迎えることで、たとえ労災休業中でも雇用契約は終了します。
定年による契約の終了は解雇処分ではないため、解雇の要件を満たすことも求められません。
契約社員の雇止めの場合
有期雇用契約の契約期間が到来する場合も、たとえ労災休業中であっても契約が終了します。
有期契約の雇止めについては、労災休業中の解雇制限が適用されないと考えられています。そのため、労災休業中であっても、契約期間が満了すれば、雇用契約を終了させることができます。
ただし、有期契約の雇止めも無制限ではありません。雇い止め法理が適用される場合には、解雇処分と同じような条件を満たさなければなりません。
労災休業明けの退職勧奨と解雇
労災の療養期間が終わり症状固定した場合、症状固定から30日が経過すれば、解雇禁止の制限が外れます。
ただ、症状固定をしたからといって、安易に解雇処分をすることは避けなければなりません。
解雇処分の条件
労災による症状固定日から30日間が経過すれば、解雇が可能となります。
しかし、解雇禁止が外れても、自由に解雇処分できるわけではありません。
解雇処分が有効となるためには、客観的に合理的な理由があり、解雇が社会通念上相当といえることが必要です。解雇処分は、一方的に雇用契約を終了させて、従業員としての立場を奪う非常に重い処分ですから、その判断基準も厳格なものとされています。
特に、後遺障害により、これまでの業務に就けない場合には、軽作業や配置転換を行い、雇用継続ができないかを十分に検討するなど、解雇を回避できるように努力するべきです。
解雇前に退職勧奨を試みる
解雇前には必ず退職勧奨を試みるべきです。
解雇処分は、重大な処分であるため、それが有効となるためには、厳しい条件を満たす必要があります。特に、被災労働者が担当できる業務があるにも関わらず、配置転換や時短業務を試みることなく、漫然と解雇処分をすると無効となるリスクが高いです。
そこで、解雇が無効となるリスクを避けるために、退職勧奨を行ってみるべきです。労働者の合意を得るために、増額した退職金、未消化の有給の買取、転職活動の支援といったパッケージを準備して、話し合いの状況に応じて適切に提示するようにしましょう。
退職勧奨の問題は難波みなみ法律事務所に
退職勧奨は、労働者に退職を促し合意退職を実現させることで、人件費を削減したり、問題社員の雇用管理を適切に行うものです。
しかし、限度を超えた退職勧奨を行うと、退職強要となり、新たな労使間の紛争を引き起こします。特に、労災休業中の被災労働者に対して漫然と退職勧奨をすると、労使間の対立を強くさせてしまい、問題を深刻化させてしまいます。業務災害により休業中であれば、症状固定されるまで退職勧奨は控えるべきでしょう。通勤災害であっても、すぐに退職勧奨をするのではなく、治療期間や後遺障害認定の見通しを踏まえながら、就業規則上の休職期間を参考に退職勧奨を行いましょう。
退職勧奨にあたっては、あらかじめ弁護士に相談するようにしましょう。
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