残業代の負担をできるだけ小さくしたいと考えるのは普通です。
残業代の時効は民法改正により2年から3年に伸長しました。また、残業代を払わないと、遅延損害金の負担に加えて、未払いの残業代と同じ金額の付加金の支払いを命じられることもあります。
そこで、残業代の対策として、固定残業代を導入することがあります。
しかし、固定残業代を導入する場合、通常の賃金と明確に分けられていることが必要です。また、基本給を削って固定残業代を導入すると、雇用条件の不利益変更となり、無効になる可能性があります。
本記事では、固定残業代のメリットデメリットに加えて、導入時に気をつけるべき事項を弁護士が解説します。
固定残業代とは何か
固定残業代制とは、残業の有無に関わらずあらかじめ決められた金額の残業代を支払う制度をいいます。
通常の残業代は、残業時間に対して1時間あたりの賃金を掛けることで計算されます。
固定残業代は、残業する・しないに関係なく決められた金額が残業代として払われるものです。
固定残業代は、基本給の中に組み込む場合(組み込み型)と、基本給とは分けて別の手当として支払う場合(手当型)があります。
固定残業代にはメリットがある
企業が固定残業代を採用するメリットはいくつかあります。
社員間の不公平を解消する
一つ目のメリットは従業員間の不公平を無くすことです。たとえば、仕事のできる社員Aさんと仕事の効率が悪い社員Bさんがいたとします。仕事のできる社員は残業をせずに終業時間まで仕事を終わらせることができます。そのため、Aさんには残業代は払われません。
他方で、仕事の効率の悪いBさんは、残業をすることで残業代をもらうことができます。
つまり、仕事のできる人には残業代が払われず、仕事のできない人には残業代が払われる結果となってしまいます。これでは、社員間の不公平が生まれ、仕事に対するモチベーションを低下させてしまいます。
そこで、残業の有無に関わらず固定残業代を払うことで不公平を無くしモチベーションの維持を図ります。
残業を抑制する
固定残業代の導入により不必要な残業を抑えることが期待できます。
残業をしようがしまいが、固定残業代は払われます。そのため、少し残って残業代を貰おうという意欲が削がれます。逆に、終業時間までに仕事を終わらせて早く帰ろうという意欲を生み出します。
つまり、固定残業代は必要のない無駄な残業を無くし、仕事の効率を改善させることが期待できます。
給料の計算を簡単にする
固定残業代は社員の給与計算を簡易化させます。
固定残業代がなければ、残業時間を集計した上で、残業代を計算する必要があります。従業員が少なければ、それ程大きな事務負担ではないかもしれません。しかし、従業員の数が多い場合には、相当な事務負担となります。
そこで、固定残業代を導入することで、あらかじめ決めた残業時間の範囲内であれば、残業時間の集計をする手間を省くことができます。
固定残業代が有効となるためには
固定残業代の支払いが無効となると、残業代は未払いの状態になります。
固定残業代が有効となるためには、①労働者との間で固定残業代に関する合意が成立していること、②通常の賃金と明確に判別できることが必要です。
①合意の成立について
固定残業代の合意が成立しているといえるためには、雇用契約書や労働条件通知書などの書面に固定残業代の金額等が記載されていることが必要です。
また、求人票に固定残業代の記載があれば、雇用契約の内容になると考えられています。
就業規則や賃金規定に固定残業代を支払う規定があれば、労働契約の内容になります。
就業規則や雇用契約書にも記載がなく、求人広告にも記載がなければ、固定残業代の合意はないものと判断されます。
入社後に固定残業代を導入する場合
入社後であっても、労使間の合意により固定残業代を導入することはできます。
しかし、基本給の一部や手当を固定残業代に変更する場合、労働条件の不利益変更となります。
労使間の個別合意により変更する場合であっても、労働者に与える不利益が大きいため、有効となるためには、かなり高度の経営危機で賃金減額をせざるを得ないような高度の必要性がなければ、有効とはなりにくいでしょう。
就業規則の変更による不利益変更も同様です。
労働契約法8条・9条
第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
精算の実態
固定残業代で決められた残業時間を超えて残業する場合、超える分の残業代を精算しなければなりません。
しかし、精算をしていないからといって、直ちに固定残業代が無効となることはないでしょう。
固定残業代で組み込む労働時間
固定残業代で想定する残業時間があまりにも長い場合には、長時間労働を招くため、無効になる場合があります。
労働基準法の改正により、1ヶ月の残業時間の上限は、45時間とされました。
そのため、想定する残業時間は上限規制の45時間を目安に設定するべきでしょう。
時給額が最低賃金を下回る
1時間あたりの賃金が最低賃金を下回る場合には、固定残業代の合意が無効となる場合があります。
特に、基本給を小さくして固定残業代を大きくするような契約内容の場合、基本給の時給額がかなり小さくなります。残業代を少なくしたいあまり、基本給を下げすぎると最低賃金を下回るため気をつけなければなりません。
②固定残業代が通常の賃金と明確に区分できるか
固定残業代の合意があっても、通常の賃金と明確に区別されていることが必要です。
組み込み型
基本給等の通常の賃金に固定残業代を組み込む場合、固定残業代との明確な区分が問題となります。
単に基本給に含まれていると明記
組み込み型の場合、単に基本給に固定残業代が含まれていると明示するだけでは、基本給のうち、どの部分が固定残業代であるかが全く明らかではありません。そのため、通常の賃金と明確に区分されていないため無効となります。
金額と時間が明示されている
固定残業代の金額と想定する残業時間が明確に記載されている場合です。例えば、『基本給40万円のうち5万円は〇〇時間分の固定残業代です。』といった具合です。〇〇には実際の数字が入ります。
この場合には通常の賃金との区別は明確といえます。
ただ、労働基準法に従って算定される割増賃金よりも下回る金額になる場合には、無効になる余地はあります。
残業時間の明示がない場合
通常の賃金に含まれる固定残業代の金額は示されているが、想定される残業時間が記載されていない場合です。例えば、「基本給40万円のうち5万円は固定残業代である」といった記載です。
1時間あたりの賃金を算出すれば、固定残業代が想定する残業時間を導くことは可能です。
そのため、金額の明示があれば時間の明示がなくても明確な区分はできていると解されます。
金額の明示がない場合
残業時間のみが明示されており、金額が明示されていない場合です。例えば、基本給40万円のうち25時間分の残業代が含まれているといった具合です。
この場合、時間の明示がない場合と異なり、明確に区分されていないと判断されることが多いようです。
明示された時間から固定残業代の金額を導き出すのは複雑な計算を必要とし、労働法令に詳しくない労働者に対して、無理難題を強いると考えられるからです。
手当型
手当型の場合、通常の賃金と切り離した手当として支給されます。
手当型であれば、固定残業代の金額自体は明確といえます。そのため、残業時間が明示されていないとしても、明確区分性は満たされていると考えられます。
ただ、手当型であっても、固定残業代とは異なる内容の賃金が含まれている場合には、どの部分が固定残業代であるかが明確にそれている必要があります。
固定残業代が無効になるとどうなるのか
固定残業代として払ってきた賃金が、固定残業代の条件を満たさない場合には、企業には様々な負担が生じます。
残業代の不払いとなる
固定残業代の条件を満たさない場合には、残業代を払っていないことになります。
そのため、使用者は、未払いの残業代を支払う義務を負います。
基礎賃金が高くなる
固定残業代の支払いが残業代の支払いではなくなる以上、固定残業代として払ってきた賃金は通常の賃金に組み込まれることになります。
それにより、1時間あたりの賃金額が大きくなり、残業代全額が膨らむことになります。
遅延損害金の負担
残業代の未払いとなる以上、使用者は未払いの残業代に対して遅延損害金を払わなければなりません。
賃金の支払日から年3%の遅延損害金を負担します。従業員が退職している場合には、退職後年14.6%の遅延損害金を負担しなければなりません。
付加金の負担
残業代の未払いを放置すると、裁判所から未払いの残業代と同じ金額の支払いを命じられる場合があります。
労働基準監督署の是正勧告を受ける
残業代の不払いなどの労働基準法違反があると、労働基準監督署による調査が行われ、労基法違反が確認されると、是正勧告を受ける場合があります。是正勧告を受けてもこれを放置すると、起訴された上で、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科されるリスクがあります。
残業代の基本をおさらい
固定残業代の理解を深めるため、残業代一般について理解しておくことは必須です。
時間外労働等の割増率は以下のとおりです。
- 時間外労働 25%
- 休日労働 35%
- 深夜労働 25%
法定労働時間を超える場合
残業代(時間外割増賃金)は、法定労働時間を超えて仕事をした場合に発生するものです。
法定労働時間は、1日あたり8時間、週40時間と定められています。これを超えて就労すると、使用者は、1時間あたりの賃金に加えて、25%の割増賃金を払う義務を負います。
1ヶ月の残業時間が60時間を超える場合には、割増率は、50%になります。
36協定が必要
労働者を法定労働時間を超えて仕事をさせるためには、労使間で36協定を締結して、労働基準監督署に届け出る必要があります。
法内残業
所定労働時間が8時間よりも短いケースで8時間を超えずに残業した場合、1時間あたりの賃金額を支払う必要はあります。ただ、8時間を超えなければ割増賃金を支払う義務はありません。これを法内残業といいます。例えば、所定労働時間を5時間と定めておきながら、7時間仕事をすれば、5時間を超える2時間の残業代が発生します。
深夜労働の割増賃金
深夜労働をさせた場合にも、割増賃金を払わなければなりません。
深夜労働とは、午後10時から午前5時までの労働をいいます。深夜労働の場合には、25%の割増賃金を支払う必要があります。
休日労働の割増賃金
休日労働をした場合にも割増賃金を支払う義務を負います。休日労働とは、法定休日に仕事をする場合をいいます。休日労働については、基本時給に対して35%の割増賃金が発生します。
あくまでも法定休日の就労をいいますので、週休2日制で、日曜日を法定休日とし、土曜日を所定休日としている場合、土曜日の出勤は休日労働には当たりません。
残業時間の上限
残業時間には上限が設けられています。36協定を締結しているからといって、無限に残業させることができるわけではありません。
残業時間の上限は、1か月45時間、1年360時間とされています。
上限規制の例外
36協定に特別な記載をした場合には、例外的に残業時間の上限規制を超える残業が一部認められています。
• 時間外労働と休日労働の合計が1か月100時間未満
• 時間外労働が1年720時間以内
• 時間外労働が1か月45時間を超えられるのが年6ヶ月まで
• 時間外・休日労働の合計が1か月100時間未満、複数月平均80時間以内
残業代の請求を受けた時の注意点
労働者から残業代の請求を受けた場合に、企業側が留意するべき点を説明します。
支払期限に拘束力はない
労働者からの通知内に、回答期限や支払期限が記載されている場合が多くあります。しかし、この期限は労働者側が一方的に定めた期限であって、法的な根拠はありません。
そのため、労働者が定めた期限に拘束力はありません。
安易に支払いに応じない
労働者から残業代の支払いを求める通知が届いても焦る必要はありません。
労働者側の求めに安易に応じてしまうことは避けましょう。
資料の開示にはできるだけ応じる
労働者から資料の開示を求められることがあります。
まず、就業規則や賃金規定は速やかに開示するようにします。
タイムカードなどの労働時間に関する資料についても必要な範囲で開示するべきでしょう。裁判例においても、タイムカード等の開示義務を認めたものもあります。また、企業は、従業員の労働時間を管理する義務があり、タイムカード等の資料を3年間保存しなければなりません。そのため、特段の理由もなく資料の開示を拒否すると、不利な扱いを受けるリスクもあります。
時効をチェックする
労働者側の残業代の請求は、包括的な内容であることがあります。つまり、『残業代の全てを支払え。』といった具合です。
この場合、既に消滅時効の完成している残業代も含まれている可能性があります。
残業代の消滅時効は、3年です。令和2年3月以前の残業代については、消滅時効は2年です。時効期間を経過している残業代については、消滅時効の援用をするべきです。安易に支払いに応じないようにしましょう。
労働時間をチェックする
労働時間とは、使用者による指揮監督の下で労働を提供している時間です。
労働者が主張する労働時間の全てが、この労働時間にあたるかを精査しましょう。
在席していれば労働時間というわけではありません。例えば、度々喫煙所で喫煙をしていたり、仕事をせずにパソコンのオンラインゲームをしていることが、記録上分かる場合には、積極的に主張するべきでしょう。
他の社員への影響を考える
労働者による残業代請求が、他の従業員に与える影響を検討する必要があります。
安易に残業代請求に応じると、他の従業員に波及し、残業代やその他の請求が乱発されるリスクがあります。
残業代の請求の手続き
労働者から残業代の支払いを受ける流れを解説します。
交渉する
労働者からの通知を受けて、労使間で交渉する場合があります。
残業代に関する証拠や固定残業代の有無等を踏まえて交渉を進めます。
その結果、合意に至れば、合意書を作成します。合意に至らない場合には、交渉を断念させる他ありません。
労働審判の申立て
労働審判とは、裁判官と審判員2人の審判委員会が労使間の争いを3回の期日で早期に解決させる裁判所の手続きです。
労働審判では、3回以内の審判期日で話し合いによる解決を目指すスピード重視のプロセスです。迅速な解決を図るため慎重な審理は予定されていません。
話し合いによる合意ができなければ、労働審判が言い渡されます。労働審判の言い渡しを受けてから2週間以内に異議申立てをしなければ、労働審判は確定してしまいます。
訴訟手続
訴訟手続は、原告と被告の双方が主張と証拠の提出を繰り返し行い審理を進めていきます。審理が尽くされれば、裁判官から判決が下され終局的な解決を図る手続です。
訴訟手続は、労働者側と使用者側で繰り返し主張立証活動を行い、当事者尋問を行うことで審理を深めていきます。そのため、1年以上の期間を要することがほとんどです。
また、訴訟手続では、残業代の不払いが悪質と判断されれば、付加金の支払いを命じられるリスクがあります。
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固定残業代の問題は弁護士に相談しよう
固定残業代にはメリットがあります。しかし、導入方法を間違えれば、大きな経済的な負担を負うことになります。
固定残業代を有効に活用するためには、労使間の合意を適切に行い、明確に区分されるように慎重に導入するべきです。
安易に固定残業代を導入すると無効となるリスクがあります。
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