従業員に不利益な方向で就業規則を一方的に変更することは、労働契約法によって原則的に禁止されています。
ただし、変更内容に合理性があれば、不利益変更が認められる可能性もあります。
この記事では就業規則を従業員に不利益な方向で改正する場合の注意点をお伝えします。
これから就業規則を変更しようとしている場合にはぜひ参考にしてみてください。
1.就業規則の不利益変更とは
就業規則の不利益変更とは、従業員に不利な方向へ就業規則を変更することを意味します。
たとえば以下のような場合、就業規則の不利益変更となります。
- 労働日数を増やす
- 休日の日数(休暇)を減らす
- 給与の減額や手当の廃止を行う
- 退職金制度を廃止する、退職金を減額する
- みなし残業代制度を廃止する
- 福利厚生を廃止する
就業規則の不利益変更にあたるかどうかが判然としない場合、弁護士にご相談いただけましたらアドバイスさせていただきます。
2.就業規則の不利益変更禁止は原則禁止
いったん会社と従業員との間で労働条件の合意をした場合、会社が一方的に労働条件を変更できません。
そのため、従業員の労働条件変更については、労働者と使用者の合意により行うのが原則です。
また、就業規則は、全従業員に対して適用され、労働契約の内容を補充するものです。
そのため、就業規則の変更についても同様に、会社の裁量により一方的に変更を行うことはできません。
特に従業員にとって不利益となる変更については、労働者保護の観点から労働契約法9条により原則的に禁止されています。
労働契約法第9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
3.就業規則を不利益変更できる条件
すべてのケースで就業規則の不利益変更ができないわけではありません。
我が国では、労働者保護の必要から、企業による従業員の解雇は、かなり制限されています。
このような状況下で、労働契約の内容についても、個別の同意がなければ全く変更できないとなると、企業の負担があまりにも大きくなり過ぎてしまいます。
そこで、労働契約法10条では、一定のケースにおける就業規則の不利益変更を認めています。
具体的には以下の2つの要件を満たせば、就業規則の不利益変更も認められる可能性があります。しかし、就業規則の変更に十分な合理性がなければ、変更後の就業規則は無効となります。
- 就業規則の変更に合理性がある
- 就業規則を従業員に周知する
なお、労働条件の変更には、個別同意と就業規則のほかにも、労働協約の締結することで行うことができます。
3-1.就業規則の変更に合理性がある場合
就業規則の変更に合理性があるかどうかについては、労働者の受ける不利益の程度と変更の必要性といった要素を考慮して総合的に判断されます。
この不利益の程度と変更の必要性は相関関係にあります。
つまり、不利益の程度が大きければ大きいほど、変更の必要性はより高度なものが求められます。
他方で、不利益の程度がそれ程大きいものではない場合には、変更の必要性もそれほど高度なものは求められません。
その他にも、変更後の内容それ自体の相当性、不利益に対する代償措置、労働組合との交渉経緯などの事情も考慮していきます。
⁃ 不利益の程度
⁃ 変更の必要性
⁃ 変更後の内容
⁃ 代償措置
⁃ 労働組合との交渉経緯
⁃ その他の労働組合、従業員の対応
⁃ わが国社会における一般的状況
従業員が受ける不利益の程度
まずは従業員が就業規則変更によって受ける不利益の程度が問題になります。
不利益の程度が大きければ合理性は認められにくくなるでしょう。
企業側が就業規則の不利益変更をする場合、できるだけ従業員側の不利益の程度を小さくするための緩和措置を検討すべきです。
変更の必要性
不利益変更の必要性の程度も評価対象となります。
企業側にとって不利益変更が必要な程度が高ければ、合理性が認められやすくなるでしょう。
たとえば会社の経営状況が悪化していて賃金の切り下げを行わないと倒産のおそれが高い場合などには、就業規則変更の必要性が高いと考えられます。
変更後の就業規則が実態に適合しているか
変更後の就業規則が企業の置かれた状況に適合しているかどうかも考慮の対象となります。
就業規則を変更する際には、同じ業界や同業種の状況に注意し、同規模の同業他社などを参考に、変更後の就業規則の内容が妥当といえるか検討してみてください。
従業員代表者や労働組合との協議
就業規則を不利益変更するには、事前に従業員代表者や労働組合と協議しなければなりません。企業の一方的な都合で変更内容をおしつけると不利益変更は認められにくくなってしまいます。就業規則の変更届出の際には、労働者側の意見書を添付する必要もあります。
就業規則を変更したい場合には、誠実な態度で労働者側との対話を進めましょう。
3-2.就業規則を周知する
就業規則の不利益変更が認められるためには、従業員に変更後の就業規則を周知しなければなりません。
たとえば以下のような方法で就業規則の内容を従業員に知らせるとよいでしょう。
- 常時作業場の見やすい場所へ掲示する、あるいは備え付ける
- 従業員に就業規則を書面で交付する
- 磁気ディスク等に記録して各作業場で内容を常時確認できる状態にする
就業規則が適切な方法で周知されていない場合、労働基準法違反となって罰則も適用されます。具体的には30万円以下の罰金刑が科される可能性があるので、就業規則を作成・改定したら必ずすぐに従業員へ周知しましょう。
4.給与額や退職金の変更について
就業規則の不利益変更の中でも、問題となりやすい、給与額や退職金に関連する不利益変更について個別に解説していきます。
4-1.給与額の切り下げ
給与額の変更は、労働条件の不利益変更の中でも、最も従業員の不利益の程度の大きいものの一つです。
賃金の引き下げには、①経営状況の悪化を理由とした変更と、②人事制度の変更に伴う変更があります。
人事制度の変更とは、成果主義的な制度を導入することで、給与額の評価方法を変更する場合です。
そのため、給与の変更の中でも、変更の必要性や不利益の程度は異なりますので、それぞれのタイプに応じた検討が必要です。
給与額変更の必要性
給与は従業員にとって重要な労働条件です。
そのため、給与額が切り下げる変更には、変更の必要性はより高度なものが求められます。
人件費を減額させなければ、事業運営が成り立たない程に経営が危機的な状況にあることが必要です。
さらに、危機的状況にあれば足りるのではなく、従業員の人件費をカットすることが、危機的状況の打開に繋がることが必要です。
人件費が会社の支出額に占める割合が小さいため、人件費を削減したところで、経費削減の効果は僅かですので、必要性が否定される可能性があります。
給与の減額幅
給与の減額幅は、1ヶ月の給与額の10%を目安にするべきと言われています。
業務上の必要性が緊急度の高いものであれば、労働者は、ある程度の不利益も甘受しなければなりません。
ただ、給与額を際限なく切り下げてしまうと、労働者の生活を破綻させてしまいます。
そのため、懲戒処分の一つである減給処分が、月給の10%に制限していることを踏まえ、給与額の減額幅もこの10%は一つの目安となります。
緩和措置
いきなり給与額を切り下げると、従業員に及ぼす影響が大きくなります。
そこで、給与額の減額を行う場合でも、給与を変更する緊急性にもよりますが、従業員の影響を緩和させるため、数年かけて給与額の切り下げを行うことも検討するべきでしょう。
また、従業員の心理的な負担を緩和させるため、給与を切り下げるとしても、その終期を明示することも検討するべきです。
基本給以外の手当の切り下げ
基本給以外の手当も、賃金という重要な権利であり、労働者の日々の生活に影響を及ぼすことは基本給と同じです。
そのため、就業規則や賃金規定に明確に定められている手当の切り下げについても、高度な必要性が求められます。
4-2.人事制度変更による減額
成果主義的な人事制度を設ける場合、従前よりも給与は上がるかもしれないし、下がるかもしれません。
そのため、一概に不利益な変更とは言えないともいえます。
しかし、給与の計算方法が変更することで、給与額が不安定になるため、不利益変更に該当すると考えられています。
人事制度変更のポイント
人事制度の変更におけるポイントは、以下のとおりです。
- 人件費の総額を変えないこと
- 人事制度による不利益の程度を抑えること
- 人事評価の整備
人件費の総額を変えない
人件費の総額を変えずに、従業員の仕事の成果や成績、実力などに応じた賃金原始の配分するものであれば、人事制度の変更は有効とされる傾向があります。
他方で、人事制度の変更だけでなく、人件費の総額の減額を伴う場合には、総額人件費を減額させる合理的な必要性があることまで求められます。
不利益の程度
新しい人事制度によって、従業員の給与額に変動が生じるとしても、従業員全体のうち半分以上の中位者については、給与が維持されるように制度設計します。
成果主義的な要素を採用するとしても、急激な減額をもたらすような制度設計は控えるべきです。
能力や成果に関係なく、特定の年齢や勤続年数に着目して給与の減額をすることは不公平な結果を招くため控えるべきでしょう。
評価基準を整備する
これまでの年功序列型の人事制度を廃止し、成果主義的な人事制度を採用する場合、従業員は、その能力や成果に応じた待遇を受けることができるため、従業員のモチベーションアップが期待できます。
しかし、従業員の評価基準が曖昧で、会社の大きな裁量に委ねられてしまうと、従業員が不信感を抱き、かえってモチベーションを下げてしまうかもしれません。
客観的で公正な評価基準を策定することが非常に大事となります。
4-3.退職金の減額
就業規則な変更により退職金の金額を変更させることはできるのでしょうか。
高度の必要性が必要
退職金は、従業員が退職する際に、会社がその従業員に支払う金銭その他の給付のことで、従業員にとって、退職後の生活を支える重要な権利です。
そのため、就業規則の変更により退職金の金額を減額させるためには、高度の必要性が求められます。
単に、収支状況が悪化しているといった程度の理由では就業規則の変更の効力は生じません。
退職金の減額に着手しなければ、会社が倒産してしまう危機的な状況である必要があります。
不利益の程度を緩和させる
高度の必要性があったとしても、従業員に及ぼす影響は最小限に留めなければなりません。
例えば、就業規則の変更時までの過去の退職金部分は変更せず、変更後の将来部分に限って退職金を変更するように設計するようにします。
また、退職金の減額と引き換えに、月例給与の増額やその他の労働条件を改善させる等の代償措置を講じることで、不利益の程度を緩和させることも重要です。
4-4.固定残業代の廃止
固定残業代制とは、労働基準法で定める割増賃金を支払う代わりに、あらかじめ定められた定額の残業代を支払う制度です。
固定残業代は、実際に残業をしたか否かに関わらず支払われるものになります。
そのため、固定残業代の廃止を伴う変更は、従前残業することなく固定残業代を受けていた従業員にとって不利益な変更になります。
固定残業代も賃金の一つですから、その変更には高度の業務上の必要性は求められます。
高度の必要性があったとしても、いきなり廃止をするのではなく段階を追って減額させてくなどの経過措置を取るようにします。
また、あらかじめ従業員や労働組合に対して丁寧な説明を行うように努めるべきでしょう。
5.就業規則・労働条件の不利益変更の手続きの進め方
就業規則を不利益に変更させる場合、慎重な対応が必要です。
無計画に行うと、従業員からの強い反発を招いてしまいます。
なお、従業員10人に達しない事業所の場合には、就業規則の届出義務はありません。
5-1.変更案の作成
まずは、変更する就業規則の変更案を起案します。
不明瞭な内容は避け、当事者以外の第三者が見ても理解できるような内容とするべきです。
見る人によって解釈が変わるような内容は、無用な争いを招きますので回避しなければなりません。
5-2.従業員への説明と周知
就業規則の不利益変更を行いたい場合、まずは従業員と協議しなければなりません。
具体的には、個々の従業員それぞれと協議して合意を取っていくと良いでしょう。
全員の合意を取れればスムーズに就業規則を変更できます。
合意を取れたらそれぞれの労働者から同意書をもらいましょう。
その上で、全従業員に対して、変更後の就業規則の内容を周知するようにします。
5-3.変更届の作成
管轄の労働基準監督署に、変更する就業規則とともに変更届を提出します。
変更届には、変更事項を記載する欄がありますが、新旧対照表を添付することもありますし、全面改訂する場合には、変更届に変更後の就業規則を添付して提出します。
5-4.意見書の作成
就業規則の変更をする場合、労働者の過半数で組織された労働組合があれば、その労働組合が作成した意見書を管轄の労働基準監督署に提出する必要があります。
労働組合がない場合には、従業員の過半数を代表する従業員が作成した意見書を提出する必要があります。
意見書には以下の内容を記載する必要があります。
- 事業所の名称・代表者の名前
- 意見書の記入日
- 意見の内容
- 労働組合の名称または労働者の過半数を代表する者の職名・氏名・押印
意見の内容については、就業規則の変更に対して、特段の意見がなければ、『意見なし』『異議なし』と記載します。
従業員代表者等から異議が出なかったとしても、意見書は、変更届に添付しなければなりません。
5-5.労働基準監督署へ提出
事業所を管轄する労働基準監督署に必要書類を提出します。
就業規則の電子申請に関する厚生労働省の解説はこちら
6.弁護士に相談しよう
就業規則の作成や変更は、労務管理の基本となります。
放置することなく、会社の状況に応じた就業規則の作成変更をしましょう。
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