日本の労働法制では、会社から一方的に従業員の解雇をすることについては規制が強く、かなりハードルが高いです。
法律上の要件を満たしていないと、違法となり解雇が無効となったり、損害賠償を請求されてしまうリスクがあります。
そのため、会社の健全な経営を実現するために会社を辞めてもらいたい従業員がいる場合でも、なかなか解雇の選択肢をとることはできないことが多いです。
このような解雇規制のリスクを回避するために、退職勧奨というものを行うことがあります。
本記事では、退職勧奨とは何かを確認したうえで、そのメリットや進め方、注意点などを解説します。
1.退職勧奨とは
退職勧奨は、会社を辞めてもらいたい従業員に対して、会社と従業員の相互の合意による退職を促すものです。
解雇が、会社からの一方的な意思表示によって雇用契約を解除するものです。
これに対して、退職勧奨は、あくまで会社と従業員との双方の合意によって雇用契約を終わらせることを促すに過ぎず、従業員の側が応じない限り、退職をさせることはできない点が大きく異なります。
2退職勧奨をするメリット
使用者は、従業員がたとえ問題社員であっても、安易に解雇処分とするのではなく退職勧奨を先行させるべきです。
退職勧奨には多くのメリットがあります。
退職者との紛争を予防する
すでにみたとおり、退職勧奨は、あくまで従業員との合意を目指すものであり、強制的に退職させるものではありません。
そのため、退職勧奨により従業員が退職する場合には、従業員も納得の上で退職したこととなるため、後から適法性を争われる可能性が低く、万一争われても違法となるリスクを抑えることができます。
改善の機会となる
従業員が退職勧奨に応じなかった場合でも、従業員に対して改善を促すよう注意する機会となり、結果的に従業員の問題が解決することもあります。
解雇による不利益を回避できる
解雇は、退職勧奨を経た後でも行うことができます。
解雇とすることができるほどの理由があるのであれば、一度退職勧奨を試し、それが難しい場合に解雇に踏み出すことで、解雇のリスクを可能な限り避けることができます。
解雇のリスクとは
解雇が有効となるためには、合理的な解雇理由が存在し、社会的に相当といえることを要します。
解雇が無効となれば、使用者は多くの負担を負います。
一つ目は、解雇処分から解決時までの給与相当額の合計を負担する必要があります。
二つ目は、解決金の支払いが必要となります。解雇が無効となれば、雇用契約は存続していることになります。しかし、従業員との信頼関係は破綻していることがほとんどですので、従業員と退職の合意をします。この合意退職の対価として解決金を支払う場合があります。
三つ目は、企業の社会的な評価が毀損するおそれがあります。人材の流出や新規採用が困難になるリスクがあります。
3退職勧奨の理由
退職勧奨に馴染みやすい理由もあれば、退職勧奨せずに、解雇処分を選択せざるを得ないこともあります。他方、理由によっては、退職勧奨すると、法令の趣旨に抵触することもあります。
3-1能力不足
まず考えられるのが能力不足です。
従業員が担当する業務に必要な能力を備えていないと、会社としては人件費が無駄となってしまいます。
そのため能力が不足する従業員に対して退職を望む場合は少なくないでしょう。
しかしながら、業務に必要な能力は、客観的な基準で測れない場合がほとんどで、能力不足を理由に直ちに解雇とすることは難しいです。
そこで、退職勧奨をして能力不足を指摘し、その従業員によりあった職場に転職することなどを勧めることが考えられます。
3-2協調性欠如
会社での仕事は同僚とのチームワークが必要になることが多いでしょう。
単独での能力は十分でも、チームワークの精神が乏しく、協調性を欠くような従業員は、職場の秩序を乱し、他の従業員にも悪影響を及ぼすこともあります。
このような場合も、健全な会社経営のために退職を望む場合は多いと考えられますが、協調性の欠如も客観的には評価が難しいため、直ちに解雇することはリスクもあります。
そこで、協調性の欠如を指摘して退職勧奨をすることが考えられます。
3-3ハラスメント
昨今、セクシャルハラスメントやパワーハラスメント等のハラスメントに対する世間の目は日に日に厳しくなっています。
ハラスメントを放置しておくと職場環境が害されるだけでなく、会社の管理責任を問われる場合もあります。
そのためハラスメントの傾向のある従業員に対しては、退職勧奨をして職場環境の保全をはかることが考えられます。
3-4会社の業績悪化
会社の業績が悪化したり、悪化しそうな場合、人件費を削減するために整理解雇を行うことがあります(いわゆるリストラ)。
しかし、整理解雇も一方的な会社の意思表示で行うものであるため、解雇の一種として一定の法律上の要件を満たす必要があり、違法となるリスクがあります。
そこで、整理解雇のリスクを回避するため、整理解雇とする前に、希望退職者を募ったり、一部の従業員に対して退職勧奨をして合意退職をさせることで、人件費を削減することが考えられます。
3-5就業規則違反
遅刻、欠勤、業務命令違反などの就業規則違反をした場合、内容や程度にもよりますが、懲戒解雇等とするにはハードルが高い場合がほとんどです。
そうはいっても、このような違反を何度も重ねる従業員がいては、適切な業務運営の妨げになり、他の従業員に対しても悪影響がでるおそれもあります。
このような場合にも、退職勧奨をすることが考えられるでしょう。
4.退職勧奨の理由とするべきではないケース
退職勧奨は、従業員の意思に基づく退職を促すもので、一方的に雇用契約を終了させる解雇とは異なります。
しかし、退職勧奨といえども、制限なく退職勧奨できるものではありません。
4-1.結婚を理由とする退職勧奨
男女雇用機会均等法9条2項では、「女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない」と定められています。
退職勧奨は解雇ではありませんが、男女雇用機会均等法に趣旨から、婚姻を理由とする退職勧奨は違法となるのが原則です。
4-2.妊娠や出産を理由とした退職勧奨
男女雇用機会均等法9条3項は「女性労働者が妊娠したこと、出産したこと…を理由として、
当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定め、4項は「妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする」と定められています。
そのため、妊娠を理由とする退職勧奨は、均等法の趣旨に反するものであり、違法となります。
5退職勧奨の進め方
それでは実際に退職勧奨をするにはどうすればよいでしょうか。
具体的な手順をみていきましょう。
5-1退職勧奨の理由を整理する
まずは退職勧奨をする理由を従業員に対して説明しましょう。
退職勧奨は合意退職を促すものなので、従業員の納得を得ることが重要です。納得ができる理由が説明できなければ、従業員の合意を得ることは難しくなってしまうでしょう。
5-2面談室にて退職勧奨の理由を伝える
退職勧奨は、必ず他の従業員が見聞きできない面談室などの個室で行いましょう。
解雇ではないとはいえ、退職勧奨は従業員にとって大変ショッキングなものです。
他の従業員が見聞きできる状況で行うと、パワーハラスメントとなってしまう恐れがありますので十分に注意しましょう。
5-3従業員の言い分や意見を聞く
繰り返しになりますが、退職勧奨では従業員の合意を得ることが必要です。
納得をさせるためには、従業員側の言い分や意見をしっかり聞く必要があります。これをきちんと聞かないで合意だけ取ったとしても、のちにその合意は真の合意でなかったとして争われるリスクもあります。
また、言い分や意見を聞くことで、その従業員の評価が誤っていることに気が付く場合もありますので、しっかり聞くようにしましょう。
5-4退職勧奨に対する回答期限を指定する
退職勧奨をされてその場で判断をできることは稀です。従業員に考える猶予を与える必要があります。
しかしながら、期限を定めないと時間だけ経過してしまい、従業員としても決断をしにくくなってしまいます。
回答期限として、従業員が十分に検討できる合理的な期限を設定しましょう。
5-5.退職合意書の作成
退職勧奨の結果、労働者と退職の合意ができた場合には、労働者との間で退職合意書の作成をします。口頭のみの約定では、言った・言わないの水掛け論をとなり、退職後の紛争を招いてしまいます。また、簡易な退職届の提出では、合意内容が不明瞭となるため、合意書の作成を行うようにします。
5-6.合意書の内容
合意書の内容は、退職後の紛争予防のために必要な規定を盛り込みます。
まず、退職の時期を明記します。
つぎに、離職理由として、会社都合とするのか自己都合とするのかを明記します。
退職金、追加退職金、有給休暇の買い取りなどの退職条件に関する規定を明記します。
秘密情報の取り扱いや口外を禁止する規定を設ける場合には、明記します。
最後に、使用者と労働者との間に、何らの債権債務関係が存在しないことを確認する清算条項を定めます。
6退職勧奨の注意点
退職勧奨は従業員にとって重大な出来事です。慎重な対応が必要になるため、その注意点を理解して臨みましょう。
退職勧奨が、社会的に逸脱した態様で、労働者に不当な心理的圧力を加えたり、または、名誉を不当に害するような表現を用いるなどして行われた場合には、不法行為として損害賠償の対象にもなる可能性があります。
退職勧奨に応じなければ解雇する、退職金を支払わないと述べて退職を迫ると、違法な退職強要となるため、注意が必要です。違法な退職勧奨となれば、不法行為として慰謝料等の損害賠償請求を受けるリスクがあります。
6-1大人数の同席はNG
一人の従業員に対して、大人数で退職勧奨をすることは、非常に強い精神的なプレッシャーとなります。
パワーハラスメントとなってしまうリスクもありますし、最終的に退職に合意したとしても、無理矢理合意させられたとして、その合意の有効性を争われてしまうリスクもあります。
退職勧奨をする際は、多くても2、3名程度で行うようにしましょう。
6-2長時間の面談はNG
従業員の側がなかなか納得をする様子がないからといって、長時間にわたって面談することは避けましょう。
退職勧奨を長時間行うことはそれ自体がパワーハラスメントに当たる可能性がありますし、退職に合意したとしてもその合意の有効性を争われてしまうリスクもあります。
長くなりそうな場合は、日を改めて行うなど従業員に対して配慮をしましょう。
6-3その場で結論を求めることはNG
退職勧奨をしたその場で結論を求めることは避けましょう。
すぐに判断をすることはできませんし、そこで出させた結論には、後から争われるリスクがあります。
上記のとおり、回答期限を設けて、一定の猶予期間を与えて従業員に判断をさせましょう。
6-4.退職勧奨に応じなければ解雇するはNG
退職勧奨に応じなければ解雇する、退職金を支給しないと述べて、退職勧奨に応じさせることは、退職の強要に繋がるため回避しなければなりません。
退職勧奨は、あくまでも労働者の自由な意思を尊重しなければなりません。労働者が結論を保留したり退職勧奨を拒否しているのに、無理矢理応じさせようとすると、違法な退職強要となります。
6-5できれば録音しておく
退職勧奨の際にどのようなやり取りがあったのかは、後々裁判などの争いになったときに重要な争点となる可能性があります。
退職勧奨の際には、可能な限り録音をしておきましょう。
7退職勧奨に応じない場合
退職勧奨はあくまでも合意退職を促すものなので、従業員が応じない限り、退職をさせることはできません。
退職の強要となるようなことは、結局解雇と同視されるリスクがあるため避けなければなりませんが、合意退職をより促すために、たとえば退職金を上乗せして支給することや解決金を支払うことなど、従業員にメリットを与えるパッケージを提案することが考えられます。
退職勧奨をする前にこのようなパッケージを検討しておくと、従業員の反応をみながら柔軟に対応をすることができます。
7-1.退職金の上乗せ
退職勧奨に際しては、退職条件を提示しなければなりません。
従業員が、在籍し続けるよりも退職した方が経済的にもメリットを受けられると感じなければ、退職勧奨は成功しません。
そのため、退職勧奨に消極的であれば、通常の退職金に上乗せする退職加算金を提示するのか、提示するとして、どの程度まで加算するのかを精査しておくべきでしょう。例えば、解雇をした場合に解雇が有効となる見通し、解雇が無効となった場合に想定される使用者の経済的な負担を踏まえて、対象となる従業員に対して負担できる加算金を算出します。
7-2.有給休暇の買い取り
未消化の有給休暇がある場合、退職予定日までに消きれない有給休暇を買い上げることを約束することが通常です。
有給休暇の買取りも退職勧奨時の退職条件の一つとなります。
7-3.再就職の支援
退職勧奨の対象労働者が安心して退職を受け入れられるようにするため、再就職の支援を行います。
従業員が転職活動を行いやすくするために休暇を与えたり、産業雇用安定センターやその他職業紹介会社に再就職支援を委託することで、従業員の不安を払拭します。
一定の要件を満たす場合には、使用者は労働移動支援助成金を受けることができます。
7-4.転職先が決まるまでの雇用契約の延長
転職先が見つかるまでに、退職をしてしまうと、無職の状態で転職活動をしなければならず、転職活動に支障が生じます。
そこで、6か月ほど退職時期を延長する優遇措置を講じることがあります。
7-5.業務の改善を命じる
退職勧奨のパッケージを提示しても、退職に応じない場合には、労働者の解雇を選択することもあります。
ただ、余程の解雇理由ではない限り、解雇処分が無効となる可能性があります。
解雇が無効となれば、会社に様々な負担を生じさせます。
そこで、退職勧奨に応じないとしても、すぐに解雇を選択するのではなく、いったん社員の問題点の改善を図るために、3か月から6か月の目標期間とその期間中に達成するべき目標を設定します。目標はできる限り数値化・定量化できるものを採用し、達成不可能な過重な目標にならないように留意します。
目標期間を通じて業務の改善が図れない場合には、再度の退職勧奨や解雇を検討します。
8.退職勧奨は弁護士に相談を
退職勧奨は解雇のリスクを避けるために有効だが注意点も頭に入れて慎重に
以上、退職勧奨について解説しました。
退職勧奨をすることは、解雇による法的なリスクを避けるために有効な方法です。
しかしながら、退職勧奨にもリスクがないわけではありません。
従業員にとっては重大なことですので、進め方や段取りについて、予めきちんと整理しておき、慎重な対応をするように心がけましょう。