社員が退職した後に競合先への転職や競業の起業を禁止したいと考えることはよくあります。顧客情報、ノウハウ、その他営業に関する情報を利用されたくないと考えるからです。
しかし、退職後の転職活動等を制限なく禁止させることはできません。
他方で、会社の機密情報を守る必要もあります。
そこで、退職した社員の職業選択の自由を不当に制限しない限りで退職後の競業を禁止することはできます。
本記事では、退職後の競業禁止を弁護士が解説します。
退職後の競業を禁止するためには
退職した従業員が、会社の事業と競合する会社に就職したり、競合する事業を起業することを禁止することを競業禁止といい、労働者の義務を競業避止義務と呼びます。
競業禁止は、会社の機密情報やノウハウが外部に流出することを防ぎ、会社の利益を守ることを目的としています。
退職後に競業を禁止するためには、①就業規則、雇用契約書、誓約書などで退職後の競業禁止を定めておくこと、②競業禁止の定めが過度の制限ではないこと、不合理な内容ではないことが必要です。
競業禁止が不当な制限ではないこと
労働者には、職業を自由に選択する権利を持っています。これを職業選択の自由といいます。
そのため、退職した労働者は、かつての勤務先に干渉されずに転職したり起業することができます。
しかし、一部の労働者についても、自由に転職したり起業することを認めると、企業の利益が侵害されてしまいます。
そこで、一定の範囲に限り退職した労働者の競業禁止が認められています。
競業禁止が有効となるためには、次の条件を満たすことが必要です。
競業禁止が有効となる条件
1. 競業禁止により守るべき企業の利益とその程度
2. 従業員の立場
3. 地域的な制限が広すぎないか
4. 競業禁止の期間が長過ぎないか
5. 禁止される競業行為の範囲が広すぎないか
6. 代償措置が行われているか
①守るべき企業の利益の程度
競業禁止により企業の利益が守られないのであれば、従業員に競業避止義務を負わせる必要がありません。
従業員の競業により会社の利益が大きく損なわれるのであれば、競業を禁止する必要性は高いと言えます。
会社の利益とは、外部に漏れないように厳重に管理された営業秘密に限りません。営業秘密に匹敵する程に保護する必要のある営業方法や指導方法等の独自のノウハウも会社の利益に含まれます。
②従業員の立場
全ての社員が、会社の営業秘密や重要なノウハウに触れているわけではありません。
つまり、末端の従業員に競業禁止を課したとしても、営業秘密等に触れない以上守られる会社の利益はないといえます。
そこで、社員の職位等に限定をせずに包括的な競業禁止をすると、不当な制限となる可能性はあります。
東京地方裁判所判決平成19年4月24日
全社的な営業方針や経営戦略等を知ることができた社員に対して競業禁止とすることは不合理ではないと判示しました。
東京地方裁判所判決平成24年1月13日
社員数6千人の日本支店で、20人しかいない執行役員で役員会の構成員の立場にあったが、機密情報に触れる立場にあったとは認められないと判示しました。
③地域的な制限が広すぎないか
競業禁止に地理的な制限が全くされていない場合には、不当な制限と判断される可能性があります。
会社の商圏が、特定のエリアに限定されている場合、それを超えて競業禁止を課したとしても、特段守られる会社の利益は少ないといえます。
そのため、会社の業務の性質や商圏等を踏まえて、地理的な絞り込みが適切にされているかをチェックする必要があります。
東京地方裁判所判決平成19年4月24日
地理的な制限のない競業禁止について、全国的に家電量販店チェーンを展開する会社であることからすると、禁止範囲が過度に広範であるということもない、と判示しました。
④ 競業禁止の期間が長過ぎないか
競業禁止が未来永劫続くと、いつまで経っても労働者は自由に職業を選択することができません。
そこで、競業禁止の期間は、長くなり過ぎないように注意する必要があります。
6か月から1年以内の期間については、比較的に許容される傾向です。これを超えて2年の競業禁止を課すと無効になる可能性があります。
ただ、禁止期間のみを形式的に判断するわけではありません。企業の利益、商圏、社員の地位、禁止する競業行為の内容等を踏まえて、労働者に対する制限として正当な期間といえるかを判断します。
大阪地方裁判所判決平成3年10月15日
退職後3年間の競業禁止を定めた合意について、禁止する競業行為が会社の顧客情報を独占的に利用することに限定していることを理由に有効と判示しています。
⑤競業禁止の範囲が広すぎないか
競業禁止の対象となる行為に制限がない場合、退職した労働者の職業選択の自由を不当に制限することになりかねません。
守るべき会社の利益を保護するために必要な限度で競業行為を禁止しなければなりません。
例えば、『企業の取引先に対する営業活動を禁止する』といった具合です。
大阪地方裁判所平成21年10月23日
在職中に知り得た顧客との取引を禁じるに留まり、就業の自由を一般的に奪ったりするような内容とはなっていないとの理由で競業禁止規定を有効としました。
東京地方裁判所平成14年8月30日
禁止しているのは顧客奪取行為であり、それ以外は禁じられていないことを理由に有効と判断しました。
東京高等裁判所平成12年7月12日
禁止の対象は在職中に営業として訪問した得意先に限定していることを理由に有効と判断しました。
大阪地方裁判所平成24年3月15日
在職中の勤務地又は『何らかの形で関係した顧客その他会社の取引先が所在する都道府県』における競業等の禁止について、職業選択の自由の制約の程度は極めて強いと判断して無効となりました。
⑥代償措置について
退職後の職業選択を制限する以上、労働者に対して、この制限に見合うだけの対価、利益を得ていることが求められます。
給与、賞与、退職金が競業禁止に見合う程に高額である場合には、代償措置として認められる可能性があります。
ただ、代償措置の有無だけではなく、様々な事情を総合的に考慮して判断されます。
競業避止義務の合意があること
退職した従業員に競業避止義務を負わせるためには、使用者と従業員との間に競業禁止の合意が成立していること必要です。
競業禁止規定の定め方
合意が成立していたとしても、その内容が行き過ぎたものであれば、無効になります。そのため、競業禁止の文書さえ作成すれば足りるわけではありません。
解説したように、企業の利益、禁止行為の限定、禁止エリアの限定等を踏まえて、従業員の権利を不当に制限しない内容であることが必要です。
例えば、禁止期間については、6か月から1年程に限定します。
競業行為についても、単に競業する企業に転職しないと広範に定めるのではなく、使用者の取引先への営業活動に限定します。
競業禁止の範囲について、使用者の業態に応じて、必要なエリアに限定します。例えば、美容室のように商圏が限定されている場合には、禁止エリアを半径2キロメートルで開業しないといった内容もあり得ます。
就業規則に定める場合
最もベージックな定め方として、就業規則に退職後の競業禁止を定めておくことです。
ただ、退職後の競業禁止を入職後に新たに設ける場合、競業禁止は従業員の権利を制約するものですから、労働条件の不利益変更にあたります。
就業規則を不利益に変更する場合、個別の従業員の同意を得ていなければすることができません。
ただ、労働条件を不利益に変更する高度の必要性があり、不利益に対する緩和措置が取られているなどの場合には、例外的に労働者の同意なく就業規則を不利益に変更することができます。
雇用契約書等に規定する
退職する労働者に、退職に際して、競業禁止の誓約書等にサインをもらうことは簡単ではありません。
就業規則に競業禁止規定がない場合、入社時に作成する雇用契約書や誓約書等に競業禁止の規定を設ける方法があります。
入社後にサインしてもらう
入社後に、労働者から個別に競業禁止のサインをもらう場合もあります。
しかし、競業避止義務を新たに課すことは労働条件の不利益変更になるため、労働者の同意は、自由な意思に基づくことが必要となります。
自由な意思による同意か否かは、不利益の程度、代償措置の内容、説明の程度等の客観的な状況を踏まえて判断されます。単にサインがあれば、自由な意思が認められるわけでもありません。
退職時に誓約書を作成する
入社時や在職中に書類を作成できなかったり、就業規則に規定がない場合、退職時に競業禁止の誓約書にサインをしてもらう必要があります。
しかし、労働者に競業禁止の誓約書へのサインを強制することはできません。当然、無理矢理これにサインさせることもできません。
競業禁止の合意書がない場合
退職した労働者に競業避止義務を課すためには、競業禁止の合意が存在していることが必要です。そのため、この合意を裏付ける契約書や就業規則がなければ、労働者は退職後に競業避止義務を負わないのが原則です。
しかし、公序良俗に反するような態様で競業行為を行う場合には、例外的に不法行為や労働契約の債務不履行として損害賠償請求することが認められます。
在籍中の競業行為
社員には、職業選択の自由や営業の自由はあります。そのため、在職中に兼業や副業をすることは認められます。そのため、会社内の所定の手続を守るのであれば、会社は社員を兼業等を理由に懲戒処分することはできません。
しかし、兼業や副業も全くの自由ではありません。
社員が使用者の競合他社で兼業したり、競業の起業をすることを放任すると、会社の秘密情報が利用されて会社の利益を損なわせます。
そこで、競合他社における副業や会社の秘密情報を利用した副業・兼業は制限されると考えられています。
よって、在職中に競業行為を行うことを理由に懲戒処分をすることは認められます。ただし、懲戒処分をする場合には、就業規則や雇用契約書に競業行為が懲戒事由として定められていることが必要です。
TIPS!取締役の競業避止義務会社法上、取締役が在任中に競業行為をする場合には、株主総会や取締役会の承認が求められます(会社法356条)。承認を得ることなく、無断で競業行為を行うと、会社から損害賠償や競業行為の差止請求を受けることがあります。
退任後の競業避止義務については、従業員と同様に合意書や覚書などの書類の作成が必要です。
競業禁止違反の対応
退職した社員が競業避止義務に反して競業行為を行う場合、使用者はその社員に対して、
損害賠償、退職金の減額や返還請求、競業行為の差止請求等の法的対応を行うことが考えられます。
損害賠償を請求する
使用者が退職した社員に対して、損害賠償を請求することが考えられます。
この場合、使用者は、競業禁止規定が有効であることに加え、競業行為が競業禁止規定に違反していること、これにより使用者側に損害が発生したことを証明しなければなりません。
退職金の減額や返還請求
競業禁止に違反した社員の退職金の全部又は一部を不支給とすることもあります。既に退職金を支給している場合には、支給した退職金の返還を求めることもあります。
退職金を不支給とするためには、あらかじめ就業規則や雇用契約書に、競業禁止に違反する場合には、退職金を不支給とすること、既に支給済みであれば、返還を求めることができることを明記しておくことが必要となります。
ただ、退職金は、退職後の労働者の重要な生活の糧になります。そのため、競業避止義務の違反があっても常に退職金を不支給とできるわけではありません。長年の功労を抹消するだけの重大な違反がある場合に限られます。
競業行為の差止め
労働者の競業避止義務の違反を放任し続けると、企業の利益が日に日に損なわれていきます。そこで、企業の利益を守るため、労働者の競業行為の差止めを求めることもあります。
差止請求が認められるためには、使用者の営業上の利益が現に侵害され、または、侵害される具体的なおそれがあることを要します。
懲戒処分
在職している労働者が競業行為を行う場合には、懲戒解雇等の懲戒処分を行うこともあります。
ただ、懲戒処分を行うためには、就業規則や雇用契約書に、競業行為が懲戒事由として具体的に定められていることが必要です。
また、懲戒解雇とする場合には、社員の地位、競業行為の内容、損なわれる企業の利益等を考慮しながら、慎重に検討することが必要です。
競業禁止の問題は弁護士に相談を
労働者の競業禁止は、会社の営業秘密や顧客情報などの会社資産を守るために、時に必要になるものです。
だからといって、曖昧な規定を設けるだけでは、不合理な制限として無効となるおそれもあります。
会社の利益を守るためにも、適切に雇用契約書や就業規則を整備しなければなりません。会社の業種や商圏に応じた個別の規定を作るようにしましょう。
まずは弁護士に相談してください。
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